EP 4
唯一の良心、裏の主人公爆誕
勇者と聖女が「それぞれの欲望」に向かって村を飛び出した頃。
マモルと見習い女神リリスは、村の薄暗い路地裏へと足を踏み入れていた。
「先生、同接がとうとう1万人を突破しましたぁっ! ゴッドチューブの急上昇ランキングに入ってますぅ!」
「順調だな。だが、ここからが本番だ。エターナル世界で唯一、俺が『高く評価している』イレギュラーな存在に会いに行く」
マモルが歩みを進めると、路地の物陰から小さな影が飛び出してきた。
――スッ。
すれ違いざま、影がマモルのジャージのポケットに滑り込み、中に入っていた安物の財布を抜き取ろうとする。
鮮やかな手口。だが、元・教師であり合気道の達人であるマモルからすれば、止まって見えるほどの鈍足だった。
「おっと」
「えっ?」
ガシッ!
マモルは自分のポケットに伸びてきた細い腕を掴むと、そのまま手首を返し、円を描くように相手の体を宙に浮かせた。
「うわぁっ!?」
ドサァッ!
見事な一本背負い(手加減仕様)が決まり、地面に転がったのは、薄汚れ、ボロボロの服を着た少年だった。
「い、痛ぇ……っ! 放せよ! 俺が捕まったら、弟や妹たちが飢え死にしちまうんだよ!!」
少年――シオン(15歳)は、マモルに組み伏せられながらも、獣のように牙を剥いて吠えた。
「飢え死に、だと……?」
その言葉を聞いた瞬間、マモルの目がカッと見開かれた。
隣でスマホを構えていたリリスが、慌ててマモルの袖を引く。
「せ、先生! その子は設定ミスで生まれたバグキャラなんですぅ! この村のNPCは無限に湧くパンを食べる仕様なのに、その子だけ『家族を養うためにスリを働く』っていう無駄に重いAIが組み込まれちゃってて……」
「バグだと? 冗談じゃねえ」
マモルはシオンを組み伏せていた手をパッと離し、泥だらけの少年の肩をガシッと力強く掴んだ。
「最高じゃねえか。この薄っぺらいテンプレ世界の中で、お前だけだぞ! 自分の『生きるための欲望』で動いてるのは!」
「……は?」
「生き延びるために泥水をすすり、他人の財布をすってでも家族を生かそうとする。お前のその行動には、完璧に血が通ってる! お前こそが、この世界で一番人間らしい『主人公』だ!!」
マモルの大絶賛に、シオンはポカンと口を開けた。
今まで「汚い泥棒」「バグ」としか扱われてこなかった自分の生き様を、目の前のジャージの男は心の底から肯定しているのだ。
「……お、俺が主人公? 冗談だろ、ただのスリだぜ……」
「ただのスリで終わらせるつもりはねえ。いいか小僧、路地裏で小銭をかすめ取るのは『犯罪』だが、世界の金の流れを読み、合法的に巨万の富をかすめ取るのは『経済』って言うんだ」
マモルは懐から赤ペンを取り出し、路地裏の土壁にガリガリと数式や図形を書き殴り始めた。
「今から俺が、お前に『需要と供給』『複利の力』、そして相手の力を利用して制圧する『合気道』の基礎を叩き込む! お前のその手先の器用さとサバイバル能力があれば、このテンプレ世界を裏から支配する商人兼・暗殺者になれる!!」
「け、けいざい……? あいきどう……?」
「授業開始だ!! 今日からお前は、俺の『生徒』だ!!」
そこからの数時間は、まさにスパルタ教育だった。
マモルはシオンに対し、現代日本のビジネス知識(主に悪徳商法スレスレの錬金術)と、身を守るための実践的な体術を徹底的に叩き込んだ。
シオンは恐ろしい速度でそれを吸収していった。
彼の中にあった『家族を守るための必死さ』が、マモルの知識という最強の武器を得て、化学反応を起こしたのだ。
「……なるほど。需要のない場所でスリをするより、勇者が買い占めた回復薬の市場を操作して、相場を釣り上げてから売り抜けた方が、何百倍も稼げるってことか……」
数時間後。
立ち上がったシオンの目は、路地裏のコソ泥のそれではなくなっていた。
冷徹に利益を計算し、闇に潜んで標的を狩る――【裏の主人公】の鋭い眼光へと進化を遂げていた。
「先生……俺、なんか世界が違って見えます。俺、この世界で一番の金持ちになって、弟妹たちに腹いっぱい美味いもん食わせてやりますよ」
「ふっ、いい面構えになったじゃねえか。やれ、世界を裏から引っかき回してこい!」
シオンは深くマモルに一礼すると、音もなく路地裏の影へと溶け込み、消えていった。
その一部始終を生配信していた『エンジェルすまーとふぉん』の画面は、文字通りコメントで埋め尽くされていた。
『やばいwww 悪のカリスマが誕生したww』
『小僧の飲み込み早すぎて草』
『ただのバグキャラを裏主人公に昇華させるとか、このプロデューサー神だろ!』
『合気道+現代経済学とか、テンプレファンタジーの敵じゃねえww』
【現在の視聴者数:8,900人 ➔ 21,500人】
「に、にまんいっせんっ!? 同接2万人超えましたぁぁ!! 先生、神です! 先生こそが真の神ですぅぅ!」
リリスが感激のあまり、マモルのジャージの裾で鼻水を拭こうとする。
「汚ねえな、離れろ!」
マモルはリリスを軽くあしらいながら、赤ペンをポケットにしまった。
「勇者(表)、ヒロイン、スリの小僧(裏)。人間側のテコ入れはこれで十分だ。次は敵側……魔王軍のポンコツどもを徹底的に『添削』してやるぞ」
マモルの視線の先には、北の果てにそびえる不気味な魔王城。
しかし、そこに待ち受けている魔将たちもまた、致命的な「設定の粗」を抱えた愛すべきポンコツたちであった。




