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EP 2

赤ペン先生、エターナルへ降臨す

「うわぁ……見事なまでの『手抜き世界』だな、こりゃ」

 空間転移を抜けた先。マモルが降り立った『創造世界エターナル』の、記念すべき最初の村(はじまりの村)は、あまりにも悲惨な有様だった。

 建物はどれもコピペしたように同じ形。

 村人(NPC)たちは虚無の表情で同じ場所をグルグル歩き回り、中には壁に向かって延々と歩き続けているバグったお爺さんまでいる。

「ひぐっ、す、すいません……! 予算100万と納期3日じゃ、これが限界だったんですぅ……」

 マモルの隣で、ピンクジャージの女神リリスが『エンジェルすまーとふぉん』を両手で構えながら平謝りする。現在、このカメラを通じて天界のゴッドチューブに生配信中である。

 画面の端に表示されている現在の視聴者数は、悲しきかな『3人』。

「まあいい。外側のハリボテはどうでもいいんだ。問題は『中身キャラクター』だ」

 マモルがジャージのポケットから赤ペンを取り出し、カチッと芯を出した、その時。

「俺は魔王を倒して、世界を救う!」

 村の広場の中央から、やけにハキハキとした大きな声が聞こえてきた。

 見れば、鉄の剣、鉄の盾、鉄の鎧という、絵に描いたような初期装備に身を包んだ青年が立っていた。彼こそが、このエターナル世界の主人公。勇者ユート(20歳)である。

「俺は魔王を倒して、世界を救う!」

「……俺は魔王を倒して、世界を救う!」

「あいつ、さっきから同じセリフしか言ってねえぞ。ぶっ壊れてんのか?」

「シナリオのフラグが立たないと、次のセリフを喋れない仕様なんですぅ……」

 マモルは深いため息をつき、無表情で定型文を繰り返す勇者の目の前までズカズカと歩み寄った。

「おい、勇者」

「俺は魔王を倒して、世界を救う!」

「どうして魔王を倒したいんだ?」

「俺は魔王を……え?」

 マモルの問いかけに、ユートの動きがピタリと止まった。

 勇者の瞳に、初めて『困惑』という人間らしい感情が宿る。

「どうしてって……それは、俺が勇者だからだ。魔王は悪いやつだからだ」

「薄い。薄すぎるぞ、バカ野郎」

 マモルは容赦なく、持っていた赤ペンでユートの額をピシリと叩いた。

「設定された使命セリフをなぞるだけの主人公に、誰が感情移入するんだ! お前自身の言葉を聞かせろ! お前は魔王を倒して、その後に何がしたいんだ!?」

「何がしたい……?」

「富か? 名声か? 聖女のスカートをめくりたいのか? 美味いもんを腹いっぱい食いたいのか!? 答えろ、お前の『欲望』は何だ!!」

 マモルの怒号が、手抜き世界の青空に響き渡る。

 リリスの構えるスマホ画面の向こうで、退屈していた3人の視聴者(神々)が「なんだこのジャージの男?」「ただのNPCにガチ説教してるぞww」と、ざわつき始めた。

「俺の……欲望……」

 ユートは鉄の剣を取り落とし、頭を抱えた。

 予算100万円の手抜き世界。彼には「魔王を倒す」という設定しか与えられていなかった。しかし今、イレギュラーな異物マモルからの強烈な問いかけにより、彼の内面でエラーと自己修復が猛烈な勢いで繰り返されていく。

「俺は……俺は……本当は……ッ!!」

 バァァァァンッ!!

 突如、ユートの体から黄金のオーラが噴き出した。

 勇者の覚醒イベントである。しかし、その瞳に宿っていたのは、正義への渇望などではなく――異常なまでの『食欲』だった。

「俺は、魔王なんてどうでもいいっ!! ただひたすらに、熱くて、塩辛くて、豚の脂がギトギトに浮いた『ラーメン』ってやつが食べたいんだぁぁぁぁっ!!!」

「よし、合格だ」

 叫ぶユートに対し、マモルは満足げに頷き、赤ペンをしまった。

「設定に縛られるな。自分の物語(欲望)は、自分で決めろ」

「……はいっ、先生!! 俺、ラーメンを探す旅に出ます!!」

 勇者ユートは、一切の迷いのない、これ以上なく澄み切った(かつ脂ぎった)瞳で駆け出していった。

 魔王城がある北ではなく、とりあえず豚と小麦粉がありそうな東の農村へ向かって。

「ああっ!? 勇者様がメインシナリオから完全に外れちゃいましたぁぁ!?」

 リリスがパニックになって叫ぶ。

 しかし、彼女の手元にある『エンジェルすまーとふぉん』の画面では、異変が起きていた。

 視聴者からのコメントが、滝のように流れ始めていたのだ。

『は? 勇者がラーメン探し始めたぞwww』

『待って、このジャージの男、NPCの思考プログラムを物理的に書き換えなかったか!?』

『魔王放置でラーメン探求の旅www クソ面白そうじゃん!』

『チャンネル登録したわ。次どうなんのこれww』

 【現在の視聴者数:3人 ➔ 1,520人】

「ふ、増えてる……!? たった数分で、同接が千人を突破しましたぁっ!?」

 リリスが信じられないものを見る目で、マモルを見上げる。

 マモルは首の骨をボキボキと鳴らしながら、ニヤリと不敵に笑った。

「言ったろ。俺がガチでプロデュースしてやるって。……さあ、次は誰だ?」

「つ、次は……勇者様に付き従う予定の、メインヒロインの『聖女リリナ』です!」

「よし、面談(圧迫面接)の開始だ。徹底的に本音を引きずり出してやる」

 最強の元・教師による、情け容赦ないテンプレ破壊(赤ペン添削)。

 狂気に満ちた新生エターナル世界の配信は、まだ始まったばかりである。

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