第五章 赤ペン先生エターナル編
コタツとみかんと、泣き虫女神
アルニア領の冬は穏やかだ。
マモルが『5LDKスキル』で維持している領主館のリビングには、日本の冬の風物詩である『コタツ』が堂々と鎮座していた。
「……ふぅ。やっぱり冬はこれに限るな」
紫色の芋ジャージを着た加藤マモル(25歳)は、コタツに下半身を深く滑り込ませ、テレビを見ながら器用にみかんの皮を剥いていた。
学校の授業も一段落し、弟のユウも友達ができて平穏な日々。これ以上ない、完璧なスローライフである。
――ズゾゾゾゾ。
コタツの対面からは、これまた品のない音を立てて緑茶をすする音が聞こえる。
「ちょっとマモルくん、次のみかん剥いてちょうだい。神の手を柑橘類の汁で汚すわけにはいかないのよ」
「自分で剥けよ、駄目女神。居候のくせに態度がデカいんだよ」
同じくジャージ姿でコタツと同化しているルチアナが、怠惰な声を上げる。
そんな、いつもの締まらない平和が流れていたリビングの空間が、突如として「ジジジッ」と激しく歪んだ。
「おわっ!? なんだ!?」
マモルがみかんを落とし、身構える。
コタツのすぐ横の空間がベリベリと裂け、そこから二つの人影が転がり出てきた。
「ちょっとルチアナ先輩ぃぃー! 本当にここ、安全なんですかぁぁ!?」
「静かにしなさいリリス! 空間転移の座標がちょっとズレただけよ!」
ドサリ、とリビングの絨毯の上に倒れ込んだのは、見慣れたドヤ顔のルチアナ(本体)と……もう一人、見慣れない少女だった。
「……あいたたた。あ、あれ? ここは……?」
少女はサラサラの金髪をツインテールに結い、背中には小ぶりな、本物の天使の羽を生やしていた。顔立ちは文句なしに可愛い、現役バリバリの17歳(本物)。
――しかし、その服装が致命的だった。
彼女が着ているのは、ショッキングピンク色の、胸元に『初心者マーク』の刺繍が入ったダサい芋ジャージ。
そして足元は、ペタペタと音が鳴る天界指定の『健康サンダル』。
「ルチアナ、お前……また天界から変な奴を拉致してきたのか?」
マモルが眉間にシワを寄せて尋ねる。
「失礼ね! 拉致じゃないわよ、私の可愛い後輩の見習い女神、リリスちゃんよ! 服装を見て察しなさい、私の『正統なる後継者(ジャージ派)』よ!」
「誇らしげに言うな! 職務怠慢のDNAを受け継がせるな!」
マモルがハリセンを取り出そうとした、その時。
リリスと呼ばれた少女は、コタツに座るマモルを見るなり、その大きな瞳をみるみるうちに涙で潤ませた。
「あ……あ、あなたが、あの……神々を土下座させたっていう、伝説の加藤マモル先生ですかぁっ!?」
「え? ああ、まぁ、神に土下座させたことはあるけど……先生ってのは何だ」
「ルチアナ先輩から聞きましたっ! 先生なら、どんな駄目な世界でも100点満点にリフォームできるって! お願いです、助けてくださいぃぃ!!」
ドサーーーッ!!
ピンクジャージの天使リリスは、健康サンダルを脱ぎ散らかし、絨毯に額を擦り付けるような、完璧な「ジャンピング土下座」をマモルに敢行した。
「世界を……私の作った世界を、救ってくださぁぁぁい!!」
「いや、急に言われても困るんだけど……。世界を救うって、魔王でも暴れてんのか?」
マモルが引き気味に言うと、横からルチアナがみかんを口に放り込みながら解説を入れた。
「違うわよマモルくん。リリスが困ってるのは『PV(再生数)』よ」
「PV……?」
「そう! 私たち神々が作った世界を天界に生配信するエンタメサイト『ゴッドチューブ(GodTube)』! リリスが予算100万、納期3日で適当に作った新世界『エターナル』がね、テンプレすぎてリピーターゼロ、現在の再生数が『3回』なのよ」
「少なっ!!」
「このままだと、チャンネル削除(世界消滅)処分になって、リリスは天界の闇深き『マグローザ漁船』にドナドナされて、一生巨大マグロを一本釣りする強制労働施設に送られちゃうのよー!」
「天界のコンプライアンスどうなってんだよ!?」
マモルが絶叫する。
リリスは涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、ジャージのポケットから、何やら厳重なハードケースに守られた銀色のスマートフォンを取り出した。
「これ、私の『エンジェルすまーとふぉん』なんですけど……。もう機能解放(課金)の上限100万円を使い切っちゃって、来月から月68,000円の36回払いが始まるんですぅ! 漁船に乗せられたら、お菓子もみたらし団子も食べられなくなっちゃいますぅぅ!!」
ワンワンと大号泣する17歳の見習い女神。
マモルはハァー、と本日最大のため息をついた。要するに、ルチアナと同じベクトルのポンコツが、自分の実力に合わない「ウケ狙いのテンプレ世界」を作って大爆死した、という実に見窄らしい大人の事情(神の事情)だった。
いつもなら「不採用(お引き取りください)」と一蹴するところだ。
しかし、マモルは元・中学校教師。そして、異世界で数々の「物語」を紡いできた男である。
泣き叫ぶリリスのスマホの画面に映る、再生数『3』の文字――その手抜きで作られたスカスカの『世界』の文字を見た瞬間、彼の脳内の「教育者の魂」が、静かにメラリと燃え上がった。
「予算100万、納期3日のテンプレ世界、か……」
マモルはコタツからゆっくりと立ち上がった。
ジャージのポケットから取り出したのは、一本の、使い古された『赤ペン』。
「いいだろう。世界の滅亡だの救済だのには興味ねえが……『手抜きのクソシナリオ』と『死んだキャラクター』を見過ごすのは、教師のプライドが許さねえ」
マモルが赤ペンをシャキーンと構える。その姿に、さっきまで泣いていたリリスが「ひゃんっ、カッコいい……!」と目を輝かせた。
「リリス。今からお前の世界へ行く。その薄っぺらいテンプレキャラどもを、俺がガチで赤ペン添削してやるよ。覚悟しとけ」
「は、はいぃぃっ! よろしくお願いします、プロデューサー先生!!」
かくして、異世界の領主(元教師)による、前代未聞の「世界観大改造計画」が幕を開けた。
ゴッドチューブのランキング1位を目指し、マモルの赤ペンが、テンプレ世界のすべてを破壊し、再構築していく。




