EP 29
ガジェットからの贈り物(防犯ブザー)
アルニア領主館、マモル家のリビング。
夕食の片付けが終わった団欒の時間、空間に突如として「ジジジッ」とノイズが走り、小さな次元の亀裂が開いた。
「ん? なんだ?」
ジャージ姿でテレビを見ていたマモルが眉をひそめる。
亀裂の中からポロッと転がり出てきたのは、頑丈そうな銀色のジュラルミンケースだった。
ケースの中央には、ドクロマークとスパナが交差したエンブレムが刻まれている。
キッチンで洗い物をしていた龍魔呂が、即座に手を拭いてリビングに駆けつけた。
「……このエンブレム。異次元要塞のガジェットからか」
龍魔呂が警戒を解いてケースのロックを外すと、中からホログラムのプロジェクターが起動し、モヒカン頭のサイボーグメカニック・ガジェットの立体映像がリビングに投影された。
『ヒャッハー!! 元気にしてるかブラザー! そして領主のダンナ! 地獄じゃあ世話になったな!』
「お、ガジェット。お前も元気そうで何よりだ」
マモルが片手を上げて挨拶する。
『通信傍受のノイズで聞いたぜ! ブラザーの弟が、ピカピカの小学校一年生になったんだってな! こいつは俺からの入学祝いだ、遠慮なく受け取ってくれ!』
ホログラムが消えると、ケースの底から手のひらサイズのスタイリッシュな機械が現れた。
黒と赤を基調とし、中央に赤いピンが刺さっている。
「おお! これが現代日本の小学生が持つという『防犯ブザー』か!」
龍魔呂が目を輝かせ、厳かにそれを手に取った。
「流石はガジェットだ。俺も、通学路における不測の事態(テロ・誘拐・暗殺)に備え、ユウに持たせるべきかと悩んでいたところだ」
「へえ、あいつ意外と気の利くもん送ってくるじゃねえか」
マモルも感心して覗き込む。
ケースの裏蓋には、ガジェットの殴り書きで『取扱説明書』が貼られていた。
龍魔呂はそれを真剣な顔で読み上げる。
「えー、対象(いじめっ子や不審者)に遭遇した場合、中央のピンを引き抜く。……すると、上空の成層圏に待機している俺の軍事衛星から、対象に向かってピンポイントで『3000度の収束レーザー』が照射され、半径50メートルを跡形もなく消し炭にする……」
スパーーーンッ!!
マモルの黄金のハリセンが、龍魔呂の後頭部に炸裂した。
「大量破壊兵器じゃねえか!! どこが防犯だ!!」
「……ッ! なぜ叩く、マモル! 完璧な自己防衛システムではないか!」
「お前な、小学生の喧嘩で『バカ、アホ』って言われた瞬間に衛星レーザーが降ってきたらどうするんだ! 学校ごと消滅するわ!」
「む……確かに。ユウには『ピンを抜いたら、すぐに頑丈な遮蔽物に隠れて衝撃波をやり過ごせ』と、システマの緊急回避を教え込んでおく必要があるな」
「使い方を教えるな! 回収! はい、没収!!」
マモルは龍魔呂の手から物騒すぎる『戦略兵器型ブザー』をひったくり、すぐに魔法の袋の奥底へと封印した。
「ああっ! ガジェットの好意が!」
「あんなもん持たせたら、俺が担任としてクビになる前に国際問題になるんだよ!」
マモルは深くため息をつき、頭を掻いた。
「……だがまぁ、防犯ブザーを持たせるってアイデア自体は悪くねえ。……おい、キャルル!」
マモルが声をかけると、リビングの隅でスマホ(魔導具)をいじっていた月兎族のキャルルが「はいはいーっ!」と元気よく飛んできた。
「お前、商会で『普通の』防犯ブザー扱ってないか? 音が鳴るだけのやつだ。間違っても人が死なないやつ」
「もちろんありますよ! 領主様と龍魔呂様のお求めとあらば、我がキャルル商会の最高の一品を!」
キャルルは四次元ポケットのように自分のカバンをごそごそと漁り、一つの可愛らしいキーホルダーを取り出した。
「じゃじゃーん! 『ウサギさん型・超音波防犯ブザー(アルニア公爵領限定モデル)』です!」
それは、白くて丸い、可愛いウサギの顔の形をした防犯ブザーだった。
「紐を引っ張ると、可愛い見た目に反して、魔獣も逃げ出す120デシベルの大音量が鳴り響きます! しかも、魔力発信機付きなので、鳴った瞬間に領主様と龍魔呂様のスマホにGPSで位置情報が飛ぶ安心仕様!」
「おお……! 完璧だ。俺の相棒と同じウサギ型というのがまた素晴らしい」
龍魔呂が、今度こそ純粋な感動の涙を浮かべてウサギのブザーを受け取る。
「よし、それなら学校に持っていっても問題ないな。ナイスだ、キャルル」
マモルも親指を立てて合格点を出した。
そこへ、お風呂上がりでパジャマ姿のユウとアルカが、タオルで頭を拭きながらリビングに入ってきた。
「お兄ちゃん、マモル先生、なにお話してるの?」
「ユウ。こっちへ来い」
龍魔呂は片膝をつき、ユウの目線に合わせてウサギの防犯ブザーを差し出した。
「これは、防犯ブザーだ。もしも学校の行き帰りで、怖い人や危ない目に遭いそうになったら、このウサギの紐を強く引っ張るんだ」
「ひっぱるの?」
「そうだ。そうすれば、大きな音が鳴って……世界中のどこにいても、俺が絶対に、1秒でお前を助けに行く」
龍魔呂の、真剣で、どこまでも優しく力強い言葉。
ユウはウサギのブザーを両手で受け取ると、パァッと花が咲くような笑顔を見せた。
「うんっ! ありがとう、お兄ちゃん! ぼく、ランドセルにつけるね!」
ユウが嬉しそうに自分の黒いランドセルにブザーを取り付けている姿を見て、龍魔呂はまたしてもサングラスの奥でボロボロと男泣きを始めた。
(……くそっ。ランドセルにブザーをつけるという、この何気ない日常の光景が……美しすぎる……ッ!)
「……また泣いてるよ、あの大男」
マモルが呆れ顔で冷たいお茶を飲みながら呟く。
「ふふっ、龍魔呂さんは本当にユウ君のことが大好きなんですねぇ」
フィリアが微笑ましそうに笑った。
こうして、物騒な衛星レーザーは未遂に終わり、ユウのランドセルには可愛らしいウサギの御守りが一つ増えた。
アルニア領の平和な夜は、今日も騒がしく、そして温かく更けていく。




