EP 26
恐怖の授業参観(ファッション編)
ユウとアルカが小学校に通い始めて一週間。
マモルのマイホームのリビングに、一枚のプリントを手に持ったまま、彫刻のように硬直している大男の姿があった。
「……マモル。これは、一体どういうことだ」
低く、地響きのような声で龍魔呂が問う。
ジャージ姿でソファに寝転がり、漫画を読んでいたマモルは、片目を上げてプリントを一瞥した。
「あ? ああ、それな。『授業参観のお知らせ』。今週の土曜日に、親御さんたちに子供の勉強風景を見てもらうイベントだよ。お前、ユウ君の保護者なんだから当然行くんだろ?」
「行くに決まっている。……だが、問題がある」
龍魔呂は真剣そのものの形相で、己の黒いレザージャケットを見つめた。
「俺がこの格好で教室の後ろに立てば、他の保護者に『どこの組の若頭が殴り込みに来たんだ』と無用な恐怖を与えてしまう。それはユウの学校生活における人間関係に、致命的なデバフをかけるリスクがある」
「お前、自分の見た目の殺傷能力をちゃんと自覚してたんだな」
マモルが感心したように呟く。
「……俺は、ユウの自慢の兄でいたい。だからマモル、一般の『お父さん・お兄さん』が着る、極めて平穏で無害な服をコーディネートしてくれ」
「普通の服な。よし、じゃあ頼りになるプロを呼んでやるよ」
マモルがパチンと指を鳴らすと、タイミングを見計らったかのようにリビングのドアが勢いよく開いた。
「呼びましたか、マモル様! 服飾のことなら、この魔導商人キャルルにお任せください!」
「主の弟君の一大事と聞いて、馳せ参じました!」
現れたのは、あらゆる世界の珍品を扱う有能商人キャルルと、なぜか「フンス!」と鼻息を荒くした元・死霊騎士のヴァルキュリア(人間の姿)だった。
「龍魔呂様! 小学校の授業参観とは、言わば『保護者たちの無言の戦場』! 舐められたら終わりですが、威圧しすぎても孤立します! さあ、我がキャルル商会が誇る最高級の衣装をお試しください!」
キャルルがパッと手を振ると、リビングに大量の衣類が並んだハンガーラックが出現した。
ここから、最強の処刑人を「無害なお兄ちゃん」に改造する、世紀のファッションショーが幕を開けた。
***
「エントリーナンバー1番! シンプル・イズ・ベスト、爽やかカジュアルです!」
キャルルの呼び声と共に、着替えを終えた龍魔呂が洗面所から出てきた。
白いTシャツに、薄いブルーのデニムジーンズ。日本の大学生がよくするような、極めて一般的な服装だ。
「……どうだ?」
龍魔呂が少し照れくさそうに佇む。
「「「お、重い……っ!!」」」
マモル、キャルル、ヴァルキュリアの三人が、同時にその場にひざまずいた。
服自体は爽やかなはずなのに、龍魔呂の鍛え上げられた大胸筋と広背筋がTシャツを限界まで押し広げ、ジーンズの隙間から漏れ出す「いつでも人を○せる」暗殺者のオーラが、爽やかさを完全に圧殺している。
「だめだ! 爽やかな服を着せたせいで、逆に『服を奪って一般人に擬態している凶悪脱獄囚』にしか見えねえ!」
マモルが頭を抱えて叫ぶ。
「次です! エントリーナンバー2番! 知的な大人の魅力を演出、英国風カッチリ系スーツ!」
続いて出てきた龍魔呂は、高級感のあるスリーピースのブラックスーツを着用していた。
「これは……!」
ヴァルキュリアが息を呑む。
仕立ては完璧。髪も綺麗に整えられている。確かに知的で格好いい。格好いいのだが――。
「完全にマフィアのドンじゃねえか!!」
マモルのハリセンがキャルルに炸裂した。
「違うんですマモル様! スーツ自体は普通のビジネス用なのですが、龍魔呂様が着ると『今から敵対組織のビルを爆破しに行く直前のボス』のオーラになっちゃうんですぅ!」
「だめだ、これじゃ授業参観じゃなくて『定例会(極道)』になっちまう!」
「ならば、これはいかがでしょう! 我が騎士団の正装です!」
ヴァルキュリアが自信満々に、白銀に輝くフルプレートアーマー(甲冑)を差し出した。
「授業参観にフルプレートで来る兄貴がどこにいるんだよ!! 教室の床が抜けるわ!」
あーでもない、こーでもないと、リビングは大混乱に陥る。
当の龍魔呂は、鏡に映る自分の姿を見て、どんどん自信をなくして肩を落としていた。
「やはり、俺のような血に汚れた男が、光ある学校という場所に足を踏み入れるべきではないのか……。ユウには、マモルだけが行ってくれた方が……」
処刑人が見せた、珍しい弱気。
その時、リビングの扉がパタパタと開き、ランドセルを置いたユウがひょっこりと顔を出した。
「お兄ちゃん? なに強そうな服いっぱい着てるの?」
「ユウ……」
龍魔呂は慌ててオーラを消し、うつむいた。
「すまない、ユウ。俺はどうしても、普通の『優しいお兄ちゃん』の格好ができないんだ。これでは、学校でお前に恥をかかせてしまう……」
兄の言葉を聞いたユウは、トテトテと龍魔呂の足元まで歩み寄ると、その大きな手を両手でぎゅっと握りしめた。
そして、満面の笑みで見上げた。
「ううん! お兄ちゃんは、どんな格好でも世界一カッコいいよ! ぼくね、お兄ちゃんが学校に来てくれるだけで、すっごく嬉しいんだ!」
「ユウ……ッ!!」
ズッギューーーーン!!!(本日二回目)
弟の純粋無垢な一言が、龍魔呂のハートを完全に撃ち抜いた。
サングラスの奥から、早くも滝のような涙が溢れ出す。
「そうか……。外見など関係ない、中身(愛)なのだな……! ありがとうユウ、俺は行くぞ! お前の輝かしい姿を、この目に焼き付けるために!」
「うんっ!」
こうして、ファッションショーは「何を着ても龍魔呂は龍魔呂」という結論で幕を閉じた。
しかし、マモルは一人、冷や汗を流しながら土曜日の本番を恐れていた。
(服はどうにかなったとしても……あいつのあの『殺気とブラコンが混ざった異常なオーラ』、本番までにどうにかして抑え込ませないと、本当に学校がパニックになるぞ……)
迫り来る、恐怖の授業参観当日。
カトウ先生の、教師としての本当の戦いが始まろうとしていた。




