EP 25
貧乏アイドルと駄目女神のつまみ食い
アルニア第一小学校の校庭から、風のように帰還した龍魔呂。
彼はマモルのマイホーム(5LDK)のキッチンに戻ると、黒のトレンチコートを脱ぎ捨て、再び漆黒のエプロンを身につけた。
「……ふぅ。ユウの笑顔も見届けたことだし、キッチンの片付けをするか」
龍魔呂が溜め息をつきながら見つめる先。
システムキッチンの広大なカウンターの上には、朝の四時から彼が錬成し続けた『キャラ弁の試作品(ボツ案)』が、山のように積まれていた。
・ウサギの耳の角度が0.1ミリずれた塩むすびの山。
・火入れの温度が1度だけ高かったため、肉汁の閉じ込め率が99%に留まった唐揚げの山。
・足が八本ではなく七本になってしまったタコさんウインナーの山。
龍魔呂の『元・最強の暗殺者』としての異常な完璧主義が、この大量の「失敗作」を生み出していたのだ。
「これほどの失敗作を量産してしまうとは……。俺もまだまだ未熟。すべて廃棄しなければ――」
「ちょっと待ったぁぁぁぁぁっ!!」
龍魔呂がゴミ袋を手に取ろうとした瞬間。
キッチンの入り口から、紫色の芋ジャージを着た駄目女神・ルチアナが、缶ビールを片手にスライディングで飛び込んできた。
「龍魔呂くん! 今『廃棄』って言った!? この輝かしい黄金の唐揚げの山を、捨てるって言った!?」
「ルチアナか。……ああ。内部温度のコントロールを誤った。これはもはや『生ゴミ』に等しい」
「神への冒涜よ!!」
ルチアナは龍魔呂の隙を突き、神速の動きでカウンターの唐揚げを一つ奪い取り、口の中に放り込んだ。
「あぐっ……サクッ、ジュワァァァ……ッ!!」
ルチアナの瞳孔が開き、背中から神々しい後光が射した。
「……美味しいっ!! 何これ!? 衣は羽毛のように軽く、中からは天界の泉のような肉汁が溢れ出してくるわ! 神界の宴で出される『アンブロシア(神の食物)』より百倍美味いじゃない!!」
「大袈裟な。下味のニンニク醤油の浸透圧が計算より――」
「失礼しまーす!!」
バンッ! と。
今度は勝手口のドアが勢いよく開き、息を切らした貧乏人魚地下アイドル・リーザが転がり込んできた。
「公園で雑草サラダバーを食べてたら、風に乗って『信じられないくらい高カロリーで美味しい匂い』がしたんです!! ……あっ!!」
リーザの視線が、カウンターの上の『失敗作の山』に釘付けになる。
彼女は目にも留まらぬ速さで背負っていたリュックを下ろし、中からマトリョーシカのように重なった『大量のタッパー』を取り出した。
「これ……もらってもいいんですか!? いいんですよね!? いや、もらう!!」
「おい待てリーザ! それはタコさんウインナーの足が七本しかない失敗作だ! 食うな、俺の料理人としてのプライドが許さ――」
「足の数なんて胃袋に入れば同じですぅぅぅぅ!!」
リーザが泣きながら、タコさんウインナーを両手に掴んで口に押し込む。
「はぐっ……んんっ!? ……お、美味しいぃぃ……! いつも八百屋でもらってる、しなびた大根の葉っぱとは次元が違う……! これが……これが『お肉』の味……ッ!」
リーザの目から、滝のような感動の涙が流れ落ちる。
そして、彼女のアイドルとしての(底辺を生き抜くための)手際の良さは異常だった。
泣きながらも、両手は機械のように正確な動きで、唐揚げ、卵焼き、ウインナーを次々と自前のタッパーへと詰め込んでいく。
「こらリーザ! 抜け駆けは許さないわよ! 私の酒のツマミも残しなさい!」
「早い者勝ちです! 私はこれで、明日の朝・昼・晩のご飯をまかなうんですから!!」
駄目女神と貧乏アイドルによる、熾烈な食料争奪戦。
二人の凄まじい気迫に、さしもの最強の処刑人も、タジタジと一歩後ずさった。
「お前ら……俺がせっかく、もっと美味い夕飯を作ってやろうと思っていたのに……」
「「これが一番美味いんです(よ)!!」」
二人の声が見事にハモる。
すでにタッパーはパンパンに膨れ上がり、ルチアナの片手にはビール、もう片手には唐揚げがしっかりと握られていた。
「……はぁ。好きにしろ。腹を壊しても俺は知らんぞ」
龍魔呂は呆れたように首を振り、包丁をシンクに置いた。
しかし、彼の顔に怒りはなかった。
むしろ、自分が「失敗した」と思った料理を、涙を流して喜んで(?)食べてくれる騒がしい同居人たちの姿に、どうしようもない温かさを感じていたのだ。
(……地獄では、何を食っても砂の味がした。だが……今の俺の料理は、誰かを笑顔にできているんだな)
龍魔呂は、エプロン越しに自分の胸に手を当て、小さく微笑んだ。
そこへ、リビングの扉が開いて、フィリアとエルミナが顔を出した。
「あれ? ルチアナ様、リーザちゃん。何してるの……ああっ! 龍魔呂さんが作った唐揚げ! 私も食べたかったのにー!」
「ずるいです! 私にも分けてくださいー!」
「絶対ダメ! これは私の命綱です!」
「神のツマミを奪う気!?」
瞬く間に、キッチンは四人のヒロインたちの騒がしい戦場へと変わった。
龍魔呂は「……仕方ない、もう一回唐揚げを揚げるか」と苦笑しながら、再び冷蔵庫から鶏肉を取り出すのだった。
アルニア領の日常は、今日も賑やかで、そして最高に美味しい匂いに包まれている。




