EP 23
カトウ先生のホームルーム
アルニア第一小学校、1年A組の教室。
真新しい机と椅子が並ぶ教室の中は、色とりどりのランドセルを置いた新入生たちの、ワクワクと少しの緊張が入り混じった熱気に包まれていた。
ガララッ。
教室の前の扉が開き、一人の男が入ってくる。
「おーい、席につけー。ホームルームを始めるぞー」
教壇に立ったのは、パリッとしたスーツ……ではなく、いつもの紫色の芋ジャージに身を包んだ男、加藤マモル(25歳)だった。
アルニア公爵領の最高権力者にして、神を土下座で動かした最強の男。だが、彼の本職はあくまで『日本の元・中学校教師』である。
領主としての激務の合間を縫って、彼はちゃっかりこの第一小学校の教壇に立っていた。
「えー、今日からお前たちの担任になる、加藤マモルだ。先生と呼んでもいいし、領主様と呼んでもいい。だが、給食のプリンを勝手に食った奴には『三節根』でお仕置きするからな。よろしく」
「あははははっ! 領主様、ジャージだー!」
「プリン取ったら怒られるってー!」
マモルの軽快なジャブに、教室の緊張が一気にほぐれ、子供たちの笑い声が弾ける。
威圧感ゼロ、親しみやすさ百パーセント。マモルの「教師としてのスキル」は、異世界の子供たちにも完璧に通用していた。
「よしよし。それじゃあ、順番に自己紹介をしてもらおうか。名前と、好きな食べ物を教えてくれ。出席番号一番……アルカ!」
「はーいっ!」
一番前の席で、ウサギの髪飾りを揺らしてアルカが元気よく立ち上がった。
世界を灰にする始祖竜の片鱗は微塵もない。ただの天使のように可愛い小1女子である。
「アルカです! 好きな食べ物は、パパが作ってくれるオムライスと、甘いお菓子です! よろしくおねがいします!」
「おー! パチパチパチ!」
クラス中から拍手が湧き起こる。アルカはえっへんと胸を張って席に座った。
マモルはデレデレになりそうな顔をなんとか教師の威厳で引き締め、次の名前を呼ぶ。
「よし、よくできたな。次……カトウ・ユウ」
「……っ」
教室の真ん中あたりの席で、小さな肩がビクッと跳ねた。
銀髪の少年、ユウが、おずおずと立ち上がる。
彼の記憶は、病室で寝たきりだった5歳の頃から、アルカの魔法で『今日の朝』へとスキップしている。
つまり、彼にとってこんなにたくさんの同年代の子供たちに囲まれるのは、人生で初めての経験なのだ。
「えっと……ぼ、ぼくは……」
ユウの大きな瞳が、不安げに揺れる。
三十人のクラスメイトの視線が一斉に自分に向けられているというプレッシャー。
言葉が喉の奥でつっかえ、うつむいてしまった。
(……がんばれ、ユウ)
マモルは教壇から静かに見守る。
ここで助け舟を出すのは簡単だが、自分の力で一歩を踏み出す経験が、彼には必要なのだ。
教室に、少しだけ気まずい沈黙が降りた――その時だった。
「あのね! この子は、ユウくんだよ!」
タタタッ! と、一番前の席からアルカが駆け寄り、ユウの隣にドカンと立った。
そして、ユウの小さな手を自分の手でギュッと握りしめ、クラス全員に向かって胸を張った。
「ユウくんはね、パパのすっごく強いお友達の、弟なの! だから、アルカの弟みたいなものなんだよ! みんな、ユウくんと仲良くしてね!」
神話級の怪物による、問答無用の身内認定。
その言葉に、教室の空気がパッと明るくなった。
「へー! アルカちゃんの弟なんだ!」
「ユウくん、よろしくね!」
「お昼、一緒にあそぼうぜー!」
クラスのあちこちから、歓迎の言葉が飛んでくる。
アルカに手を握られ、みんなの笑顔を見たユウの瞳から、不安の色がスッと消え去った。
「あ……うんっ!」
ユウは、嬉しそうに頷き、そして前を向いた。
「ぼ、ぼくは、ユウです! 好きな食べ物は……お兄ちゃんが作ってくれた、ウサギさんの卵焼きですっ! よろしくおねがいします!」
今度は、はっきりと、自分の声で言えた。
教室は再び、温かい拍手に包まれた。アルカが「よくできましたー!」とユウの頭を撫でている。
教壇の上で、マモルは小さくガッツポーズをした。
(完璧だ……。アルカ、お前ってやつは最高の娘だよ)
かつて地獄の暗闇で、誰の声も届かず、ただ一人で石を積み続けていた孤独な魂。
それが今、光あふれる教室で、新しい友達に囲まれて笑っている。
この光景を見せてやるために、自分と龍魔呂は神様に喧嘩を売ったのだ。
「よし、全員の自己紹介が終わったな! それじゃあ、今日は最初の授業として……校庭で全力の鬼ごっこをするぞー!」
「「「わあぁぁぁーーっ!!」」」
マモルの号令に、子供たちが歓声を上げて立ち上がる。
ユウも、アルカに手を引かれ、満面の笑みで教室を飛び出していった。
生徒たちを見送った後、マモルは一人教室に残り、窓の外を眺めた。
ぽかぽかとした春の陽気。校庭には、すでに走り回っている子供たちの姿がある。
だが。
マモルの『気』のセンサーが、校庭の隅にある大きな百葉箱の裏から、尋常ではないレベルの『ドス黒いオーラ』を放っている影を捉えていた。
「……」
マモルは窓を開け、百葉箱の裏に向かってボソッとつぶやいた。
「おい。お前の弟、立派に自己紹介できたぞ。……だから、双眼鏡で教室を監視しながら号泣して『闘気』を漏らすのはやめろ。百葉箱の温度計がバグるだろうが」
『……ッ!!(無言のサムズアップ)』
百葉箱の裏から、黒いトレンチコートの太い腕が突き出され、ビシッと親指が立てられた。
「……やれやれ。あいつの『子離れ』の指導が、一番難しそうだな」
最強の処刑人の底抜けのブラコンっぷりに呆れながらも、マモルの顔には、どうしようもなく優しい笑みが浮かんでいた。
アルニア領の平和なスローライフは、今日も最高に賑やかに過ぎていく。




