EP 17
鬼神流・無量大数獄炎斬り
『おのれェェェッ! 生者の身で、神の権能を簒奪するか!!』
死のシステムを統括する冥府の王・閻魔が、地獄の底を揺るがすほどの咆哮を上げた。
彼が右手に持つ巨大な笏から、先ほどとは比べ物にならないほどの『死の概念』が、漆黒の津波となって溢れ出す。
それは触れれば魂ごと消滅する、絶対的な宇宙の法則そのものだった。
『ルールを破壊すれば、生と死の境界が崩壊する! 世界そのものが破滅を迎えるのだぞ!!』
「知るか」
漆黒の津波が迫る中、真紅と蒼雷に染まったラビークのコックピットで、龍魔呂は冷徹に言い放った。
「罪のないガキが、親より先に死んだというだけで暗闇の中で泣き続ける。……そんな理不尽を押し付ける世界なら、一度ぶっ壊れた方がマシだ」
『……たつまろ。僕が、死の法則を書き換える! 往けェッ!!』
ユイの神気と同調したラビークの背部、雷神の光輪が凄まじい回転を始めた。
龍魔呂は右手に仮想の刀の柄を握るように、センサーデバイスを強く握り込む。同時に、機体の右腕が背部にマウントされた『無量大数獄炎刀』の柄をガッチリと掴んだ。
――ズドンッ!!
ラビークの全スラスターのリミッターが完全解除され、真紅の業火と青白いプラズマが爆発的に噴出した。
琉球古武術・歩法『縮地』の、機神応用。
「消えっ……!?」
後方で見守っていたマモルが息を呑む。
全長7メートルの巨体が、物理的な慣性を完全に無視して「空間を削り取る」ように消失したのだ。
『な、何処だ!?』
閻魔が漆黒の津波を放ちながら、視線を彷徨わせる。
「……遅い」
閻魔の懐、文字通りの『ゼロ距離』。
空間が歪み、神速で潜り込んだラビークが、閻魔の巨大な胸元を見上げるようにして出現していた。
『バ、バカな!? 死の概念の防壁を、いかにしてすり抜けた!?』
「言ったはずだ。俺たちはもう、お前たちのルール(システム)の上にはいない」
ラビークの装甲を覆うユイの神気(青白い雷光)が、閻魔の『死の概念』をシステム権限で強制的に相殺・中和していたのだ。
そして、その防御の要が剥がれた閻魔の懐で、龍魔呂の『赤黒い闘気』が極限まで圧縮される。
ガキンッ……!!
ラビークが、無量大数獄炎刀を鞘から引き抜く。
刀身から噴出するプラズマの獄炎に、龍魔呂のドス黒い闘気と、ユイの神聖な雷光が絡みつく。
それは、もはや剣の形をした『概念破壊のエネルギー体』だった。
「お前たちが定めたルールが悪だというなら――俺が、その悪を根絶やしにする!!」
龍魔呂の絶叫と共に、コックピットの中で彼の両腕が、神速の居合いの軌道を描いた。
【鬼神流 奥義・機神Ver】
――『鬼神将獄炎斬り(きしんしょう ごくえんぎり)』。
シュラッ……。
音は、なかった。
激しい衝突音も、爆発音も起こらない。
ただ、真紅と蒼雷の巨大な刃が、閻魔の巨体を下から上へと、完全な一直線で通り抜けただけだった。
ラビークはすれ違いざまに閻魔の背後へと抜け、ゆっくりと獄炎刀を振り下ろして残心の構えをとる。
『……生者、よ……。システムを、破壊、して……この世界、を……どう、する、つもり……だ……』
閻魔は、己が斬られたことにすら直後は気づいていなかった。
しかし、ゆっくりとその言葉を紡ぎ終えた瞬間。
「……世界のバグの責任は、俺のダチが取ってくれるさ」
龍魔呂が、静かに宣告した。
カチッ、と。彼の手の中のオイルライターが鳴る。
ピキッ……ピキピキピキッ!!
閻魔の巨体の中心に、一筋の『赤黒い光の線』が走った。
それは瞬く間に十字架の形へと広がり、閻魔の肉体はおろか、背後の地獄の空間(次元の壁)そのものにまで、巨大な亀裂を走らせていく。
『……見事、なり……』
カッ……!!!
次の瞬間、赤黒い獄炎の十字架が、超新星爆発にも似た凄まじい閃光を放ちながら大爆発を起こした。
ゴガァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!
地獄の底が、完全に吹き飛んだ。
死のシステムを体現していた冥界の王は、その概念ごと真っ二つに両断され、原子レベルの塵となって消滅したのだ。
すさまじい爆風が賽の河原を吹き荒れるが、後方にいた子供たちは、マモルが合気道で展開した「気」のドームと、ユイが残した神の結界によって、一人の怪我人も出さずに守り抜かれていた。
「……やりやがった。本当に、地獄のど真ん中を叩き斬りやがった」
マモルが、信じられないものを見る目で、爆煙の向こうに立つ巨大な機神のシルエットを見上げた。
煙が晴れる。
そこには、真紅と蒼雷の輝きを静かに収束させながら、巨大な獄炎刀を大地に突き立てて立つ『ラビーク』の姿があった。
どんよりと淀んでいた地獄の空は、閻魔が消滅したことで完全に割れ、そこから本来ここにあるはずのない『一筋の温かい光』が、賽の河原へと差し込んでいる。
『……たつまろ。終わったよ』
コックピットの中で、ユイの声が優しく響いた。
「ああ。……ありがとう、ユイ」
龍魔呂は、操縦桿から手を離し、深く、深く息を吐き出した。
闘気と神気による極限の戦闘を終え、彼の肉体はすでに限界を超えていた。だが、その瞳には、十年間決して消えることのなかった「狂気」の影は、もうどこにも存在しなかった。
ウィィィン……プシュゥゥゥ。
ラビークの胸部ハッチが開き、龍魔呂が外の空気に触れる。
血の臭いが消えた、静かな冥府の風。
彼は、機体の装甲の上に降り立ち、光の差し込む賽の河原の隅へと視線を向けた。
そこに、無数の石の塔の陰で、一人震えている小さな影があった。
ボロボロの服を着た、銀髪の少年。
「……」
龍魔呂は、まるで壊れ物を扱うかのように、ゆっくりと、震える足で機体から大地へと飛び降りた。
そして、その小さな影に向かって、一歩、また一歩と歩みを進める。
十年の時を経て。
永遠に喪われたはずの、彼のただ一つの「光」が、そこにあった。




