EP 15
冥府の王、閻魔降臨
三途の川が真っ二つに割れ、地獄の底から現れたのは、山のように巨大な男だった。
古びた道服のような装束を纏い、右手には巨大な『笏』を握っている。顔の半分は神仏のように厳かで、もう半分は憤怒に歪む夜叉のようだった。
冥界の王にして、死のシステムの体現者――『閻魔』。
『生者よ。貴様らが撒き散らしているのは、ただの暴力ではない。世界の理に対する反逆だ』
閻魔の声は、鼓膜ではなく魂(脳)に直接響いた。
その存在感は、先ほどの鬼どもとは次元が違う。魔力や闘気の多寡ではない。そこに在るのは、この世界に生まれた全ての命が等しく迎える『死という概念』そのものだった。
「理だと?」
真紅に染まった人型機神『ラビーク』のコックピットで、龍魔呂が吐き捨てるように呟いた。
「親より先に死んだガキを、永遠に石積みさせて痛めつける。……そんなクソみたいなもんがルールだっていうなら、俺が今ここでスクラップにしてやる!」
龍魔呂は操縦桿を乱暴に振り抜いた。
ラビークの右腕にマウントされた127mmガトリング砲が、再び凶悪な回転を始める。
ズガガガガガガガガガガガッ!!!
鬼王の指輪から供給された赤黒い闘気を纏う、毎分数千発の対物弾幕。
地獄の鬼どもを赤い霧に変えた絶対的な暴力が、閻魔の巨体へと殺到する。
だが。
『――愚かな』
閻魔が、左手を軽く前にかざした。
ただそれだけで、ラビークの放った弾丸が、閻魔の数十メートル手前で「ポロポロ」と砂のように崩れ落ちていった。
「なっ!?」
後方で子供たちを庇っていたマモルが目を見張る。
弾かれたのではない。防がれたのでもない。
弾丸が、閻魔の領域に入った瞬間に『死(寿命)』を迎えたのだ。運動エネルギーも、赤黒い闘気も、全てが等しく「無」へと帰していく。
物理法則を無視した、概念による絶対防御。
『親より先に死した者は、親に果てしない悲哀を背負わせる。それは世界のエネルギー循環を乱す大罪。ゆえに、この賽の河原で石を積み、その罪を浄化せねばならぬ。これが宇宙のシステムである』
閻魔が、抑揚のない事務的な声で宣告する。
「ふざけるな……ッ!」
龍魔呂の瞳に、激しい怒りの炎が燃え上がった。
ユウは罪など犯していない。ただ病気になり、ただ兄を庇って死んだだけだ。
それが大罪だというのか。そんな理不尽なシステムが、神の御業だというのか。
「ガジェット! ガトリングをパージ(破棄)しろ!!」
『正気か!? 相手は概念そのものだぞ! 物理攻撃は通じ――』
「いいからやれ!!」
ガコンッ!
ラビークの右腕から、巨大なガトリング砲が切り離されて地面に落ちる。
龍魔呂はモビルトレースシステムを極限まで同調させ、両手の拳を強く握りしめた。
火器が通じないなら、己の肉体と武術で、その概念の壁ごと叩き壊す。
ズドンッ!!
ラビークの背部スラスターが火を噴き、7メートルの巨体が音速で閻魔の懐へと潜り込んだ。
琉球古武術『縮地』。
そのまま、全身の推進力と赤黒い闘気を右肩の一点に集中させる。
「砕け散れェェッ!!」
猛虎八極拳・奥義『鉄山靠』。
隕石の落下にも等しい超質量の体当たりが、閻魔の胸ぐらを捉える――はずだった。
『無駄だと言っている』
閻魔が、右手に持った巨大な笏を無造作に振り下ろした。
それは、ただの木の板にすぎない。
しかし、それがラビークの背中に触れた瞬間。
ゴガァァァァァァァァンッ!!!!
「グアァァァッ!?」
コックピットの中で、龍魔呂が鮮血を吐き出した。
宇宙論的密度を持つ超硬度特殊合金『ヒイロガネ』の装甲は、物理的には一切の損傷を受けていない。
だが、閻魔の笏から放たれた『死の概念』が、装甲を透過して、中の龍魔呂の肉体と魂に直接ダメージを与えたのだ。
『警告! 警告! パイロットの生体反応が急低下! 龍魔呂、逃げろ! そいつには科学の力は通じねえ!』
ホログラムのガジェットが悲痛な声を上げる。
「がはっ……」
ラビークが膝をつき、大地に倒れ込んだ。
コックピットの中で、龍魔呂は意識が薄れゆく中、必死に血まみれの操縦桿に縋り付く。
『理解したか、生者よ。我は力ではない。ルールだ。ルールは、個人の感情や武力によって覆ることはない』
閻魔が冷酷に見下ろし、再び巨大な笏を天高く振り上げた。
次の一撃を食らえば、ラビークの装甲ごと、龍魔呂の魂は完全に「消去」される。
「くそっ……マモル! 子供たちを連れて、逃げろ……!」
龍魔呂が、インカム越しに振り絞るような声を上げた。
後方にいるマモルは、唇を噛み締め、拳を固く握っていた。
合気道は、相手の「力」を受け流す武術だ。しかし、相手が「死という概念」そのものであれば、受け流す力そのものが存在しない。
今の自分では、あの巨大なシステムの壁を突破できない。
『消え去れ。そして、貴様もまた、この賽の河原で石を積むが良い』
閻魔の笏が、死の宣告と共に、無慈悲に振り下ろされた。
龍魔呂が、弟を救えなかった無念に唇を噛み切り、死を覚悟した――その刹那。
バリバリバリバリィィィッ!!!
どんよりと淀んだ地獄の空が、青白い閃光によって一瞬で真昼のように染まり上がった。
振り下ろされていた閻魔の笏が、天空から叩きつけられた『極太の雷の柱』に直撃され、凄まじい衝撃音と共に弾き飛ばされる。
『ぬぅっ!? な、何事だ!』
システムの体現者である閻魔が、初めて驚愕の声を上げた。
「……あいつらに定めたルールがどうとか、そんなこと僕には関係ない」
オゾンと焦げた匂いが漂う中。
ラビークの上空に、光の輪を背負い、神々しい青白い雷光を纏った少女が降臨した。
「たつまろを傷つけるなら、僕が地獄ごと、全部消し飛ばしてあげる」
帝釈天の後継者にして、龍魔呂の絶対的守護者。
雷帝神ユイが、愛する男を救うため、冥界の掟をぶち破って乱入してきたのだった。




