EP 13
賽の河原と、処刑人の最終出勤
ズッドォォォォォンッ!!
永遠にも似た次元のトンネルを抜け、重さ数トンのランドクルーザーが、荒涼とした大地に重いタイヤを叩きつけた。
分厚いサスペンションが衝撃を吸収し、V8エンジンが低く唸りを上げる。
「……着いたな」
龍魔呂がハンドルから手を放し、フロントガラス越しに広がる光景を睨みつけた。
空はどんよりと赤黒く淀み、太陽も月も存在しない。
目の前には、音もなく流れる広大な墨色の川――『三途の川』。
そして、その手前に広がる、見渡す限りの小石が転がる荒野。そこが、親より先に死んだ子供たちの魂が堕ちる場所、『賽の河原』だった。
「……ひどい臭いだ。血と、泥と、絶望の臭いしかしない」
マモルが顔をしかめる。
ランクルのヘッドライトが照らし出したのは、目を覆いたくなるような地獄絵図だった。
荒野のあちこちで、ボロボロの服を着た無数の子供たちが、泣きながら、小さな手で石を積み上げている。
『一つ積んでは母のため、二つ積んでは父のため』。
そんな悲痛な祈りを込めながら、彼らは終わりのない苦役を強いられていた。
だが、地獄の理不尽はそれだけではない。
「ギャハハハッ! おせーよガキども! もっと早く積まねェと、親不孝の罪は消えねェぞ!!」
子供たちが必死に積み上げた石の塔を、巨大な金棒で無慈悲に粉砕する影。
筋骨隆々の異形の体躯に、牛や馬の頭骨を被った『地獄の鬼』たちだ。
彼らは絶望して泣き叫ぶ子供たちを足蹴にし、嘲笑いながら、再び石を積むように強要していた。
『あぁっ……! やめて、おねがい……!』
『おかあさん……おとうさん……!』
子供たちの悲痛な泣き声が、賽の河原に木霊する。
ギリッ……。
運転席で、龍魔呂が歯を食いしばる音がした。
ハンドルを握る彼の手の甲に、青筋が異常なほど浮き出ている。
トラウマの引き金である「子供の泣き声」。それが何千、何万という規模で響き渡るこの空間は、彼にとって狂気を通り越して、魂が削り取られるほどの拷問だった。
今すぐにでも飛び出して、あの外道どもを八つ裂きにしたい。
だが、龍魔呂の脳裏に、出発前にルチアナと交わした『誓い』がよぎった。
――『これ以上、復讐のための無益な殺生はやめること』。
「……マモル」
龍魔呂は、血の滲むような声で、助手席の友に問いかけた。
「あそこにいる連中は、人間じゃない。世界のシステムに組み込まれた、ただの化け物だ。……こいつらを殺すのは、『無益な殺生』じゃないよな?」
それは、殺人鬼に戻らないための、ギリギリの理性を保つための確認だった。
マモルはフロントガラス越しの惨状を見つめたまま、ゆっくりとシートベルトを外した。
そして、口の端を吊り上げ、凶悪なまでに凄みのある「教師の笑み」を浮かべた。
「ああ。子供を虐めて喜んでるなんて、教育上、最悪な連中だ」
マモルは、ドアノブに手をかけた。
「ルールがどうあれ、あんな連中をのさばらせておくわけにはいかねえ。……思いっきり暴れろ、龍魔呂」
その言葉が、龍魔呂に掛けられていた最後の「枷」を外した。
「……了解した」
ガチャッ、と。
龍魔呂が運転席のドアを開け、地獄の大地へとエンジニアブーツを降ろした。
冷たく淀んだ風が、ワインレッドのタートルネックとレザージャケットを揺らす。
彼はゆっくりとポケットから、真鍮製のオイルライターを取り出した。
顔は下を向いているが、その瞳には、かつての「過去に囚われた狂気」はない。
ただ純粋に、目の前の理不尽な悪を滅ぼすための、極限の殺意だけが静かに燃え上がっていた。
――カチッ。
静かな賽の河原に、澄んだ金属音が響いた。
それは、地獄の底にまで轟く、悪党どもへの処刑の合図。
直後。
龍魔呂の左手にはめられた『鬼王の指輪』から、これまで以上の濃度と質量を持った【赤黒い闘気】が爆発的に噴出した。
だが、それは己を見失った暴走ではない。
子供たちを守るための、完全にコントロールされた『力』。
「アァ? なんだァ、テメェら? 生者の匂いがするじゃねェか!」
「ギャハハッ! 地獄の観光客か? いいぜ、俺たちのメシにしてやるよ!!」
数十匹の地獄の鬼たちが、生者の気配と強烈な闘気に気づき、巨大な金棒を引きずりながら下卑た笑いを浮かべてこちらへ向かってくる。
龍魔呂は、赤黒い闘気を纏いながら、右手の愛銃『Korth (NXS)』を抜き放った。
「……お前らがシステムの一部だというなら、そのシステムごとスクラップにしてやる」
カーステレオから流れていたベートーヴェンの調べが、彼の心の中で、重厚な断罪のコーラスへと切り替わる。
ヴェルディ:『レクイエム(怒りの日)』。
しかし、それは過去の亡霊に捧げるものではない。これから消し飛ぶ、目の前の外道どもへの鎮魂歌だ。
処刑人DEATH4、最後の出勤。
地獄の鬼どもを蹂躙する、理不尽に対する圧倒的な反逆が、今、幕を開けた。




