EP 12
誓いと、地獄へのハイウェイ
畳に額を擦りつける、二人の大人の男。
彼らの背中から伝わる、痛いほどの覚悟と悲哀。
創造神ルチアナは、しばらくの間、何も言わずにその姿を見下ろしていた。
やがて。
彼女は深く、本当に深く、一つため息をついた。
「……大の大人が、二人揃って簡単に頭を下げるんじゃないわよ。まったく」
ルチアナが、ポリポリと頭を掻いた。
その顔から、先ほどまでの冷徹な『創造神』のオーラが薄れ、いつもの少し呆れたような、それでいてどこか優しい『同居人』の顔に戻っていた。
「マモル。あなたが責任を取るって言ったのよ? 世界のシステムに穴が開いて、とんでもないバグが起きたら、あなたが三節根で全部叩き直すのよ。約束できる?」
「ああ。俺の家のルールを乱す奴は、神様でも悪魔でも容赦しねえ。約束する」
マモルが顔を上げ、力強く頷く。
ルチアナは「しょうがないわねぇ」と呟き、次に、隣で頭を下げたままの龍魔呂に視線を向けた。
「……いいこと? 龍魔呂」
ルチアナの声が、静かに、優しく響く。
「あなた、今までずっと一人で手を血に染めてきたんでしょ。でもね、ユウ君を助け出したら、もうその汚れた手で彼を抱きしめるわけにはいかないのよ」
龍魔呂の肩が、ビクッと跳ねた。
「私に誓いなさい。これ以上、復讐のための無益な殺生はやめること。あなたは処刑人(DEATH4)じゃなくて、ただの『お兄ちゃん』に戻るんだから」
それは、神としての制約ではなく、一人の不器用な青年に対する、母親のような慈愛に満ちた言葉だった。
「……ッ」
龍魔呂は、畳に手をついたまま、嗚咽を噛み殺した。
十年間、殺戮の業火に焼かれ続けてきた自分の魂が、その一言で浄化されていくような気がした。
「……誓う。俺はもう……復讐のためには、殺さない……!」
血を吐くような、魂からの誓い。
それを聞いたルチアナは、満足げに微笑むと、パンッ! と一つ、軽く柏手を打った。
ズォォォォォォンッ……!!
コタツ部屋の空間が、文字通り「引き裂かれた」。
和室のふすまの奥に、本来あるはずの廊下ではなく、ドス黒い瘴気と紫色の稲妻が走る、おぞましい『異空間への穴』が出現したのだ。
「開けてあげたわよ、冥府(地獄)への直通ゲート。……行きなさい。そして、ちゃんと連れて帰ってきなさいよ」
「……ありがとう、ルチアナ」
「恩に着る……!」
マモルと龍魔呂が立ち上がり、決意を込めた目で頷く。
***
アルニア領主館のガレージ。
アイドリング状態の『トヨタ・ランドクルーザー 70系』の周囲を、赤黒い闘気ではなく、澄み切った気迫が包み込んでいた。
運転席には龍魔呂。助手席にはマモルが乗り込む。
龍魔呂は、愛銃KorthとCombat Troodonのナイフの感触を確かめ、真鍮製のオイルライターをポケットにしまった。
「……行くぜ」
龍魔呂が静かに宣言し、重厚なシフトレバーを入れる。
「まさか、地獄に車でカチコミに行く日が来るとはな」
マモルがシートベルトを締めながら、ニヤリと笑った。
「道なき道を行くのが、こいつ(ランクル)の真骨頂だからな。……揺れるぞ」
龍魔呂がカーステレオのスイッチを入れる。
車内に響き渡るのは、重々しく、しかし確かな前進と闘志を感じさせる旋律。
――ベートーヴェン:『交響曲 第7番 イ長調 Op. 92 第2楽章』。
キュルルルルッ!!
V8エンジンの咆哮と共に、ランドクルーザーが猛然と発進する。
ガレージを飛び出し、そのままルチアナが展開した巨大な「次元のゲート」へと、一切の減速なしで突入していった。
視界が、漆黒と極彩色のマーブル模様に歪む。
重力があらゆる方向に引きちぎられそうになる空間の狭間を、ランドクルーザーの強靭な四輪駆動システムが強引に蹴り破って進む。
「しっかり捕まってろ。冥界の入り口は、少し路面が荒れてる」
龍魔呂はハンドルを握る手に力を込め、アクセルを踏み抜いた。
ベートーヴェンの調べが、次元の摩擦音を切り裂いて響き渡る。
向かう先は、生者が決して立ち入ってはならない死者の国。
理不尽なシステムによって苦しむ一人の少年を奪還するため、二人の男を乗せた鉄の箱は、神すら畏れる地獄の底へと、一直線に堕ちていった。




