EP 8
再びの喪失、狂気のサブマシンガン
地下実験施設は、異様な静けさに包まれていた。
緑色の培養液に満たされたタンクの中で、眠るように浮かぶ銀髪の少年。
それは、10年前に地下格闘場のゴミ捨て場で冷たくなった弟・ユウと、寸分違わぬ姿をしたホムンクルス(人工生命体)だった。
「……ユウ……」
龍魔呂の声が震えた。
オイルライターを握る手に、ギリッと力がこもる。
幻覚ではない。あの時守れなかった命の残滓が、こんな悍ましい実験室に囚われているのだ。
「フハハハッ! 素晴らしいだろう、侵入者よ!」
部屋の奥から、神官のストールを羽織った肥満体の男――バレリウスが、狂気じみた笑い声を上げて姿を現した。
「10年前、偉大なる大神官様が追い求めた『神の器』! その細胞の欠片から、ついに完璧な肉体を錬成したのだ! あとはこの器に、高位の精霊の魂を降ろせば……」
「……貴様」
龍魔呂の瞳に、極寒の殺意が宿る。
右手の愛銃『Korth (NXS)』の銃口が、バレリウスの眉間を正確に捉えた。
だが、バレリウスは余裕の笑みを崩さない。
「無駄だ。すでに実験は次の段階に移行している! 出でよ、我が最高傑作『合成キメラ』!!」
ズゴォォォォォンッ!!
部屋の壁が内側から爆砕され、体長10メートルを超える異形の魔獣が姿を現した。
獅子、毒蛇、そして巨大な鰐の遺伝子を掛け合わせたようなおぞましいバケモノだ。
「やれ! そのネズミを食い殺――」
バレリウスが命令を下そうとした、その時だった。
狂暴なキメラは、龍魔呂には見向きもしなかった。
魔獣の本能が、目の前に浮かぶ「神の器(極上の魔力源)」の匂いに惹きつけられたのだ。
「なっ……待て! そっちはダメだ! それは私の――」
ガシャァァァァァァンッ!!
バレリウスの制止も虚しく。
キメラの巨大な顎が、分厚い特殊ガラスのタンクを噛み砕き――中に浮かんでいたユウのホムンクルスを、培養液ごと、一呑みに咀嚼して飲み込んだ。
「あ…………」
龍魔呂の時間が、止まった。
ペチャッ、と。
噛み砕かれたガラスの破片と、銀色の髪の毛のひと房が、血の混じった培養液と共に床に落ちる。
『……おにいちゃん……』
10年前のゴミ捨て場の記憶。
血まみれになって死んでいく弟の姿。
それが今、目の前で、ただの餌として魔獣の胃袋に収まる光景と、完全に重なった。
「あ……ああ、アアアァァァァァァァッ!!!」
龍魔呂の喉が裂けんばかりの絶叫が、地下施設を揺らした。
プツン。
彼の中に残っていた人間としての「理性の糸」が、根元からブチ切れる音。
左手の『鬼王の指輪』が、かつてないほどの赤黒い光を放ち、龍魔呂の全身から、マグマのようにドス黒い、圧倒的な闘気の嵐が吹き荒れる。
トラウマの完全なる暴走。
冷酷なる処刑人『DEATH4』の覚醒である。
『ヒィィィーッハァァァ!! ついにブチ切れたな俺のブラザー!! 極上の掃除機の時間だぜ!!』
上空の空間が割れ、ホログラムのガジェットが狂ったように笑い声を上げる。
ズドォォォォォンッ!!
地下施設の天井(異次元の壁)をぶち破り、巨大なコンテナが龍魔呂の目の前に落下してきた。
プシュゥゥゥ……。
開いたコンテナの中。
龍魔呂は無言で手を伸ばし、ガジェット特製の『サブマシンガン』を両手に一丁ずつ握りしめた。
その銃身に、鬼王の指輪から溢れ出る赤黒い闘気が絡みつき、脈動する。
「な、なんだあの禍々しい力は……! バケモノめ、食い殺せ!!」
バレリウスがパニックになりながら、キメラに命令を下す。
巨大な魔獣が、血走った目で龍魔呂に向かって飛びかかってきた。
龍魔呂は、一切の表情を消した顔で、両手の銃口をキメラに向けた。
――引き金を、引く。
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!!!
鼓膜が破裂するような、布を引き裂く轟音。
毎分2000発の超連射。
一発一発が『22mm機関砲』クラスの威力に跳ね上がった、赤黒い闘気の弾丸。
「ギャァァァァッ!?」
飛びかかってきた10メートルのキメラの巨体が、空中で「物理的に削り取られて」いった。
魔力による防御も、鋼鉄のような鱗も、一切の意味を持たない。
圧倒的な質量と暴力の壁が、魔獣の肉体を血の霧に変え、骨を粉砕し、背後の分厚いコンクリートの壁ごと、文字通り「消滅」させていく。
「ひぃっ!? ぎ、ぎゃあああああっ!!」
バレリウスが逃げようと背を向けたが、遅い。
龍魔呂が銃口をわずかにズラした瞬間、神官の肥満体は、腰から上を一瞬で赤いミストに変えられて吹き飛んだ。
ガガガガガガッ!!
カチャッ、カチャッ……。
弾切れの音が鳴るまで、龍魔呂は引き金を引き続けた。
彼が立っている正面の空間には、魔獣も、バレリウスも、研究施設の一部も、もはや何も残っていなかった。
あるのは、抉り取られた大地と、天井の彼方まで続く巨大な破壊の痕跡だけ。
チンッ……。
熱を持った空の薬莢が、血の海に落ちて音を立てる。
赤黒い闘気を纏い、両手にサブマシンガンを提げて立つその姿は、神すらも恐れる地獄の番人そのものだった。
圧倒的な暴力の嵐が過ぎ去り、完全なる破壊だけが、そこに残された。




