EP 7
地下格闘場の亡霊
ポポロ村近郊の森。
闇ギルドの残党がSWAT部隊によって次々と拘束され、救出された子供たちが保護用テントへと運ばれていく。
恐怖で泣きじゃくっていた子供たちも、アルニアの衛生兵(エルフや天使たち)の温かい魔法に包まれ、次第に落ち着きを取り戻しつつあった。
「……吐け」
血まみれの地面に膝をつく闇ギルドのリーダー(右腕欠損・応急処置済み)を見下ろし、龍魔呂が低く冷たい声を落とした。
その顔は、先ほどの狂乱した殺人鬼(DEATH4)のものではない。冷徹な、しかし確かな理性を持った「鬼神流」の武術家の顔だった。
「ひぃっ……! な、なんでも、なんでも話しますぅ!」
恐怖で顔面をぐちゃぐちゃにしたリーダーが、地面に頭を擦りつける。
「お、俺たちはただの運び屋です! 帝国の国境沿いにある『旧砦』の研究施設に、子供たちを納品しろと依頼されただけで……!」
「誰の依頼だ」
「ば、バレリウスという男です……! 帝国の貴族らしいんですが、妙な神官服を着ていて……【偉大なる大神官様の秘術を復活させるための『器』が必要だ】と……!」
ピクリ、と。
龍魔呂の眉が動いた。
――大神官。
それは、10年前の日本。龍魔呂と弟のユウを地下格闘場の地獄へ叩き落とし、神の巫女であった結を騙して生贄の炎へと追いやった、あの唾棄すべき男の称号だ。
(……奴の残党か。俺が皆殺しにしたと思っていたが、異世界にまでその「秘術」の教えが根を張っていたとはな)
龍魔呂の瞳の奥に、暗く冷たい炎が灯る。
彼は真鍮製のオイルライターを取り出し、カチッ、と一度だけ鳴らした。
「マモル」
「ああ、聞いてたぜ。行くんだな」
背後で腕を組んでいたマモルが、静かに頷いた。
「事の元凶を絶つ。……子供たちは頼んだ」
「任せろ。領主の街じゃ、ガキの涙は御法度だ。……だが、龍魔呂。自分を見失うなよ」
「分かっている。これは『掃除』じゃない。俺自身の過去の清算だ」
龍魔呂は背を向け、森の入り口に停めてあった漆黒の鉄馬――『パンアメリカ(Pan America 1250 Special)』に跨った。
キーを回すと、水冷60度Vツインエンジンの重厚な鼓動が夜の森を震わせる。
「……すぐ戻る」
キュルルルッ!!
後輪が土を蹴り上げ、パンアメリカは猛禽類のような加速で夜の闇へと姿を消した。
***
ルナミス帝国国境沿い、廃墟と化した旧砦。
そこは今、闇ギルドと結託した狂信的な研究者たちの「実験場」となっていた。
砦の周囲には、最新式の魔導ライフルと暗視ゴーグルを装備した傭兵たちが十数名、厳重な警戒態勢を敷いている。
「おい、黒蛇の連中、遅いな。納品は今夜のはずだが」
「アルニアの警備にでも引っかかったか? まあいい、俺たちは見張りを――」
見張り塔にいた傭兵が欠伸をした、その瞬間。
パシュッ!!
微かな風切り音と共に、見張りの額に小さな『石』が突き刺さった。
頭蓋骨を貫通するほどの威力。鬼神流・奥義『指弾』。親指にセットされた石ころが、闘気によって対物ライフル級の狙撃兵器と化したのだ。
「なっ!? 敵襲――」
別の見張りが叫ぼうとしたが、彼の視界は突如として反転した。
いつの間にか背後に立っていた黒影が、彼の首の関節を古流柔術の技で音もなく破壊(無力化)したのだ。
「侵入者だ! 撃てェッ!!」
砦の中庭をパトロールしていた傭兵たちが一斉に魔導ライフルを構える。
だが、龍魔呂は逃げも隠れもしない。
ゆっくりと歩みを進めながら、右のホルスターから愛銃『Korth (NXS/Ranger)』を抜き放った。
銃口に、赤黒い闘気が微かに螺旋を描いて絡みつく。狂気のDEATH4状態ではない。完璧に統制された、極限の集中状態だ。
タンッ! タンッ! タンッ!
無駄の一切ない、CARシステム(超近接銃撃格闘術)の構えからの精密射撃。
20ミリ機関砲並みに強化されたKorthの弾丸は、傭兵たちが展開した魔導シールドをガラスのように粉砕し、防弾チョッキごと彼らの体を吹き飛ばしていく。
「バ、バケモノかこいつ! 囲め! 近接戦闘に持ち込め!!」
銃撃が通じないと見た数名の傭兵が、魔力で強化された軍刀を引き抜いて躍りかかる。
カチャリ。
龍魔呂の左手が、懐からガジェット特製のフォールディングナイフ『Microtech / Combat Troodon』を取り出し、刃を弾き出した。
全長23センチの凶刃に、闘気が宿る。
「死ねェッ!」
大上段から振り下ろされる軍刀。
龍魔呂は表情一つ変えず、カリ・シラットのトラッピング(接触技術)で相手の斬撃を絡め取り、流す。
直後、Combat Troodonの刃が、鋼鉄の鎧ごと傭兵の胸骨を「豆腐のように」両断した。
「ヒィィッ……!」
後続の傭兵が恐怖に硬直する。
その胸元へ、龍魔呂は一歩踏み込み、左の拳をコンパクトに叩き込んだ。
ドンッ!!
陳式太極拳の『発勁』。
外傷はゼロ。だが、衝撃波は体内の臓器と魔力回路を完全に破壊し、傭兵は血の泡を吹いて崩れ落ちる。
まるで舞を踊るように、凄惨で美しい暴力。
龍魔呂の耳の奥のインカムからは、ガジェットが気を利かせて流しているBGM――モーツァルトの『レクイエム』より「ラクリモーサ(涙の日)」が、静かに、悲愴に響き渡っていた。
(……これで、外のネズミは片付いたか)
わずか三分。
砦の外部防衛網を単独で完全に沈黙させた龍魔呂は、血濡れのナイフの刃をしまい、重厚な鉄の扉の前に立った。
この奥に、子供たちを犠牲にして過去の亡霊(大神官の秘術)を蘇らせようとしている外道がいる。
バンッ!!
龍魔呂が蹴り破った扉の先には、青白い魔導ランプに照らされた、巨大な地下実験施設が広がっていた。
「……何者だ貴様! ここをバレリウス様の神聖な実験場と知っての狼藉か!」
白衣の上に神官のストールを羽織った男たちが、慌てて武器を構える。
だが、龍魔呂の視線は彼らには向いていなかった。
部屋の最奥。
幾重もの魔方陣に囲まれ、緑色の培養液で満たされた巨大な円筒形のタンク。
その中に、全裸のままプカプカと浮かんでいる『少年』の姿があった。
「…………な」
龍魔呂の呼吸が、完全に停止した。
オイルライターを握る手が、微かに震える。
銀色の髪。閉ざされた幼い瞼。
その顔立ちは、龍魔呂の魂の底に永遠に焼き付いている「あの顔」と、寸分違わず同じだった。
「……ユウ……?」
10年前にゴミ捨て場で冷たくなり、今は地獄の底で泣いているはずの、最愛の弟。
その姿を模した『ホムンクルス(人工生命体)』が、培養液の中で静かに眠っていた。




