↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
156/244

EP 6

心でぶつかる人間たち

 ジリィィィッ……!!

 龍魔呂の全身から立ち昇る赤黒い闘気が、接近するマモルの肌を削り取るように弾けた。

 無防備なジャージの下のシャツ姿で、マモルは歩みを止めない。

 距離は十メートル。八メートル。

 カチッ。

 龍魔呂の虚ろな瞳の奥で、殺人鬼『DEATH4』の防衛システムが、マモルを「排除すべき障害」として完全にロックオンした。

 両手に握られたガジェット特製のサブマシンガン。その銃口が、マモルの心臓と眉間を正確に捉える。

『撃つな龍魔呂ォォッ!! そいつは敵じゃねえ!!』

 ホログラムの中からガジェットが血を吐くような声で叫ぶが、トラウマの底に沈んだ龍魔呂の耳には届かない。

 ――引き金が、引かれた。

 ガガガガガガガガガッ!!!

 毎分2000発。22mm機関砲クラスの威力を誇る、赤黒い闘気を纏った弾丸の豪雨。

 直撃すれば、人体など細胞一つ残らず蒸発する絶対の死壁。

「閣下ァァァッ!!」

 エドガーたちが絶望の悲鳴を上げた、その時。

 マモルは、目を閉じ、深く息を吐き出した。

 合気道の極意――『完全なる脱力』と『無我』。

 敵意を向けず、殺意を持たず、ただ「そこに在る」だけの自然体。

 シュゴォォォォォォッ!!

 すさまじい弾幕が、マモルの身体の「数ミリ横」を擦過して後方の森を粉砕していく。

「……なっ!?」

 ホログラムのガジェットが目を見開いた。

 弾が外れたのではない。マモルが避けたのでもない。

 龍魔呂の『詠春拳センサー』と『超高度な戦闘予測』は、「殺気」や「筋肉の微細な動き」を読み取って正確な弾道を弾き出す。

 だが、マモルからは一切の殺気が発せられていなかった。彼の歩みは「散歩」のように自然で、敵意ゼロの対象に対する予測システムが、コンマ数秒のバグ(狂い)を生じさせたのだ。

「悪いな。俺は『教師』だ。生徒に向かって拳を握る趣味はない」

 銃弾の嵐の隙間を縫うように、マモルが一歩、また一歩と距離を詰める。

 五メートル。三メートル。

 銃撃が通用しないと機械的に判断したDEATH4は、即座にサブマシンガンを手放した。

 チャキッ!

 右手にフォールディングナイフ(Combat Troodon)、左手に愛銃(Korth)を構え、超近接銃撃格闘術『CARシステム』の絶対必殺の構えを取る。

 ドンッ!!

 龍魔呂が『縮地』で踏み込んだ。

 鋼鉄すら豆腐のように切り裂く赤黒い刃が、マモルの頸動脈を薙ぐ――!

 だが、マモルは引かなかった。

 逆に、自らその死地(ゼロ距離)へと、半歩踏み込んだ。

 スッ……。

 マモルの右手が、空を斬った龍魔呂の右腕に、羽のように柔らかく触れた。

 合気道・結び。

 抵抗するのではなく、相手の絶対的な暴力のベクトルに完全に「同調」する。

「……っ!?」

 龍魔呂の体勢が、マモルの誘導によってフワリと崩れた。

 しかし、DEATH4は即座に体勢を立て直し、左手のKorthの銃口をマモルの腹部に押し当てる。

 引き金を引けば、マモルの胴体は真っ二つになる。

 その、生死を分かつコンマ一秒の刹那。

 バチィィィンッ!!!!!

 夜の森に、銃声ではなく、乾いた破裂音が響き渡った。

 マモルの左手が、龍魔呂の頬を力強く、遠慮なく、容赦なく――張り飛ばした音だった。

「…………え?」

 ホログラムのガジェットも、SWATの隊員たちも、時が止まったように固まった。

 Korthの銃口を腹に押し当てられたまま、マモルは龍魔呂の胸ぐらを両手でガシッと掴み、自分の顔をギリギリまで近づけた。

「目を覚ませ、バカヤロー!!」

 マモルの怒号が、ヴェルディの『レクイエム』の爆音を切り裂いた。

 それは、合気道の達人としての威圧感ではない。

 間違った道を進み、己の過去に押し潰されそうになっている生徒を、力ずくで引き戻そうとする『絶対的な先生』の声だった。

「ここは地下格闘場じゃない! 俺は奴隷の飼い主じゃない! お前の後ろで倒れてるのは、お前が救った子供だ!!」

「あ……」

 龍魔呂の虚ろな瞳が、微かに揺れた。

「ユウはお前のせいで死んだんじゃない。お前が最後まで、必死に守り抜いたんだろ! だったら……これ以上、自分自身を過去のゴミ捨て場に閉じ込めるな!」

 マモルの手から、温かい体温が伝わってくる。

 血と硝煙と、死の匂いしか知らなかった龍魔呂の視界に、ジャージを脱ぎ捨てて自分に向き合う「ただの一人の男」の姿が映り込んだ。

『……おにいちゃん……』

 脳内で響き続けていた、地獄で泣き叫ぶユウの声。

 その悲鳴に重なるように、マモルの真っ直ぐな、泥臭い声が響く。

「お前はもう、処刑人(DEATH4)じゃない。……俺のダチで、銀座『鬼龍』のマスターだろ。龍魔呂」

 その言葉が、最後のくさびとなった。

 龍魔呂の瞳に、人間としての理性の光が、ゆっくりと、だが確実に戻ってくる。

 全身を覆っていた赤黒い闘気が、風に吹かれた炎のように揺らぎ、やがてスゥッ……と霧散して消えていった。

「……マ、モル……」

 龍魔呂の声は、ひどく掠れていた。

 彼は自分の左手に握られたKorthの銃口が、マモルの腹に押し当てられていることに気づき、弾かれたように銃を取り落とした。

 ガチャン、と重い金属音が土の上に響く。

「……俺は……」

 龍魔呂は、自分の震える両手を見た。

 そして、自分の背後で気を失っている少女の姿を見て、ハッと息を呑んだ。

 彼女は生きている。自分が、守ったのだ。

 カチッ。

 パタン。

 龍魔呂は、ポケットから真鍮製のオイルライターを取り出し、開いたままになっていた蓋を、静かに閉じた。

 その瞬間、カーステレオから爆音で流れていた『レクイエム』の合唱が終わり、森に本来の静寂が戻ってきた。

「……すまない。アンタを、殺すところだった」

 龍魔呂は、深くうなだれた。

「気にするな。教師ってのは、生徒の暴走を止めるために身体を張る仕事だからな」

 マモルは小さく笑い、龍魔呂の肩をポンッと叩いた。

「それに、お前の銃口からは……最初から『殺意』が消えかかっていた。俺の声が、届いてたんだろ」

 龍魔呂は答えず、ただ静かに夜空を見上げた。

『……ヒ、ヒハハハッ! やりやがった! あのDEATH4の殺意を、ビンタ一発で止めやがった! アンタ、頭おかしいぜマモル!』

 空中のホログラムから、ガジェットが安堵の涙とコーラを撒き散らしながら大笑いしている。

「ガジェット……お前も、余計なものを送ってくるな。街が吹き飛ぶところだったぞ」

 龍魔呂が、いつもの落ち着いた、しかし少し疲れたマスターの顔でホログラムを見上げた。

『へっ! お前がヤバそうだったから、特大のオモチャを用意しただけさ! 次はラビーク(人型機神)ごと送り込んでやるからな! じゃあな、ブラザー! ミザリーが起きる前に通信を切るぜ!』

 プツン、とガジェットの映像が消えた。

 夜の森には、マモルと龍魔呂、そして気を失った子供たちと、完全に壊滅した闇ギルドの残骸だけが残された。

「……マモル。アンタ、俺の過去を……目的を知ったんだな」

 龍魔呂が、ぽつりと呟いた。

「ああ。ガジェットから全部聞いた。……ユウのこと。そして、お前が世界(過去)そのものを変えようとしていることもな」

「……俺は、諦めない。あいつが地獄で泣いているという事実システムがある限り、俺の戦争は終わらない。それが、神の定めたことわりだとしてもだ」

 龍魔呂の目には、揺るぎない、鋼のような決意が宿っていた。

 マモルは、その悲しき親友の横顔を見つめ、静かに頷いた。

「……俺は教師だ。世界をどうこうする力はない。だが……お前がたった一人でその重荷を背負って、また暗闇に落ちそうになった時は……」

 マモルは、地面に落ちていたジャージを拾い上げ、肩に羽織った。

「いつでも、俺の家に飯を食いに来い。……一緒に、そのクソみたいな神のルールをぶっ壊す方法を考えてやるよ」

 その言葉に、龍魔呂は少しだけ目を見張り――やがて、フッと小さく、本当に久しぶりに、心からの笑みをこぼした。

「……宿代が、高くつきそうだな」

 アルニアの夜空に浮かぶ二つの月が、不器用な二人の男の背中を、静かに照らしていた。

 この夜、帝国の闇ギルドは完全に根絶やしにされ、人身売買のルートは壊滅した。

 そして、鬼神・龍魔呂の抱える「因果律への反逆」という途方もない戦いは、マモルという「日常(帰る場所)」を得たことで、新たな局面へと動き出そうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。