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EP 5

ジャンクフードとマッドサイエンティスト

 破壊された森に、不気味な静寂が降りていた。

 赤黒い闘気を立ち昇らせ、完全に感情を消失させた『DEATH4』状態の龍魔呂。

 その頭上に展開されたホログラムの中で、巨漢の天才科学者・ガジェットは、手にしていたハンバーガーをポロリと皿に落とし、深い、深い溜息をついた。

『……龍魔呂が、なぜ子供の泣き声で壊れちまうか。それはな、マモル。あいつが、この世で一番理不尽な「地獄」の音を、今でも耳の奥で聞き続けてるからだ』

「理不尽な地獄……?」

 マモルは、微動だにしない龍魔呂から目を離さずに問い返した。

『あいつは10歳の頃、弟のユウを人質に取られて、地下格闘場の奴隷戦士にされた。毎日毎日、血反吐を吐いて、大人どもを殺して生き延びた。すべては、たった一人の弟を守るためにな』

 ガジェットは手元のコーラを一口飲み、その味すら感じていないような悲痛な顔で続けた。

『だが、飼いクズどもは、無敗の龍魔呂を殺すために「少年兵」をけしかけた。優しいあいつは、どうしても子供を殺せず……剣を置いて、刺された。そして同じ日に、病気だったユウも息を引き取った。二人揃って、ゴミ捨て場に捨てられたんだ』

「……ッ」

 マモルの背後にいたSWATのレオパルドたちが、息を呑む。

 どんな極悪人でも、そこまでの凄惨な過去を聞けば胸が締め付けられる。

「……だから、あいつは悪党を許さない処刑人になったのか。だが、それならなぜ、このアルニア領にやってきた?」

 マモルが問うと、ガジェットはホログラム越しにマモルを真っ直ぐに見つめた。

『アンタの家にいるだろ。……「神の権限」を持つ怠惰な女神と、「時間を操る」始祖竜のガキがよ』

「ルチアナと、アルカ……!? お前、まさかあいつの目的は……」

『ああ。龍魔呂の目的は、死んだ弟の蘇生じゃねえ。……【ユウが死んだという事実そのものを、因果律から消滅させること】だ』

 マモルの目が見開かれた。

 過去の改変。それは、神すらも許さない世界の法則システムへの絶対的な反逆だ。

『……マモル。アンタ、知ってるか? 親や、親代わりの兄より「先に死んだ子供」の魂が、死後どこへ行くか』

「…………まさか」

 マモルは教師だ。日本の古い伝承、死生観を知っている。

『そうだ。親を悲しませた罪という、クソみたいな神のルールのせいで……純粋で何の罪もないユウの魂は、今この瞬間も【地獄(冥府の底)】で、たった一人で泣いてるんだよ』

 ガジェットの声が、怒りと悲しみで震えていた。

『龍魔呂は、その事実を薄々気づいてる。だが、絶対に受け入れない。許せるわけがねえ! 自分が守りたかった、たった一つの命が、自分のせいで死んで、あまつさえ地獄で苦しんでるなんて事実を!!』

 だから、龍魔呂は蘇生を望まない。

 蘇生してしまえば、「ユウが地獄にいた」という理不尽な事実を肯定することになってしまうからだ。

『あいつは、女神ルチアナに地獄のゲートを開けさせ、ユウをその手で救い出し……その上で、始祖竜アルカの力で、すべてを【最初からなかったこと】にするつもりだ。……あいつの心は、ユウが死んだ10年前のゴミ捨て場で、ずっと血を流し続けてるんだよ』

 静寂。

 ヴェルディの『レクイエム』すらも聞こえなくなるほどの、圧倒的な悲哀。

 龍魔呂がなぜ、子供の泣き声であれほどまでに狂乱するのか。

 それは、目の前の子供の悲鳴に、地獄の底で「おにいちゃん、助けて」と泣き続けるユウの声が重なってしまうからだ。

「……そうか」

 マモルは、小さく呟いた。

 そして、己の身を包んでいたジャージのファスナーをゆっくりと下ろし、それを脱ぎ捨てた。

「閣下!? 何を!」

 エドガーが制止の声を上げる。

 マモルは武器を持たず、丸腰のまま、赤黒い闘気を放つDEATH4――龍魔呂に向かって、静かに歩みを進め始めた。

『おい、マモル! やめろ! 今のあいつは自動迎撃の殺人鬼だ! 近づけばアンタでも肉片になるぞ!!』

 ガジェットが叫ぶ。

「……あいつは、生徒ガキのために、世界そのものを敵に回してでも過去を変えようとしてる」

 マモルは歩みを止めない。

「そんなバカみたいに不器用で、悲しい男を……教師おれが、こんな暗闇の中に一人で放っておけるかよ」

 恐怖はない。あるのは、同じ日本から来た、一人の友としての覚悟だけだ。

 赤黒い闘気が、マモルの肌をビリビリと焼く。

 龍魔呂の虚ろな瞳が、近づいてくるマモルを『敵』と認識し、ガジェット特製のサブマシンガンの銃口を、ゆっくりと持ち上げた。

 冷徹なる処刑人と、丸腰の教師。

 二人の距離が、ついにゼロになろうとしていた。

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