EP 4
雷帝神ユイの介入
血と硝煙の悪臭が立ち込める森。
完全に破壊された地形の中央で、龍魔呂は抱きかかえていた気を失った少女を、無傷の草の上にそっと寝かせた。
その所作だけは、ひどく優しく、丁寧だった。
だが、立ち上がった彼の背中から立ち昇る『赤黒い闘気』は、収まるどころかさらにその密度と凶悪さを増していた。
極限のトラウマによって呼び覚まされた殺人鬼『DEATH4』の防衛本能は、まだ周囲の空間に「敵」を認識しているのだ。
「隊長……あいつ、俺たちの方を見てますぜ……!」
SWATの隊員が、恐怖で声を震わせながらマグナ・ライフルを構えそうになる。
「馬鹿野郎、銃を下ろせ! 刺激するな!」
レオパルドが慌てて制止するが、遅かった。
自分たちに向けられた「敵意(銃口)」に反応し、龍魔呂の左手の『鬼王の指輪』が激しく明滅する。
ガキンッ!
龍魔呂が、右手の愛銃『Korth (NXS/Ranger)』のハンマーを無造作に起こした。
銃口が、レオパルドたちSWAT部隊へと向けられる。一切の躊躇はない。子供を脅かす可能性のある武装勢力は、彼にとって全て「排除対象」なのだ。
「マズい……! 全員伏せろ!」
マモルが前に出ようとした、その瞬間だった。
バリバリバリバリィィィッ!!!
突如、夜空が真昼のように白く閃光した。
雲一つないアルニアの空から、極太の青白い『雷の柱』が、龍魔呂とSWAT部隊の間に突き刺さったのだ。
「うわぁぁっ!?」
すさまじい轟音と衝撃波に、レオパルドたちが吹き飛ばされる。
「……たつまろ。もういいよ。君はもう、戦わなくていい」
もうもうと立ち込めるオゾンと土煙の中から、鈴を転がすような、透き通った少女の声が響いた。
そこに浮遊していたのは、神々しい青白い雷光を纏った、年齢にして10歳ほどの少女だった。
白装束をアレンジしたような神聖な衣をまとい、背中には雷神の太鼓を思わせる光の輪を背負っている。
かつて龍魔呂を救うために自らを炎に投げ打ち、神の座に至った少女。
精霊帝にして帝釈天の後継者――『雷帝神ユイ』である。
「僕のたつまろに、銃口を向けたのはお前たちか?」
ユイの、底知れぬ怒りを湛えた黄金色の瞳が、レオパルドたちを睨みつけた。
僕っ娘の神から放たれる『神威』は、魔王サルバロスすら凌駕するほどの絶対的なプレッシャーだ。
「たつまろを傷つける世界なら、僕が全部、壊してあげる」
ユイが小さな右手を天に掲げた。
バチバチバチッ! と、上空に数万ボルトの雷雲が瞬時に形成され、龍魔呂の周囲一帯――ポポロ村や、駆けつけたマモルたちを含めた全てを、跡形もなく消し炭にするための『神の制裁』が放たれようとしていた。
「やめろォォォッ!!」
レオパルドが絶叫する。
閃光。
神の雷が、容赦なく地上へと降り注いだ。
――しかし。
その雷撃が地上を焼き払う直前、一人の男がユイの眼前に立ち塞がった。
「……神様だか何だか知らないが」
マモルである。
彼はジャージ姿のまま、深く腰を落とし、両手を天に向けてふわりと円を描くように差し出した。
合気道・究極の受けの型。
「生徒の周りで、物騒な花火を上げるな!」
ズドォォォォォォンッ!!!
マモルの両手が、数万ボルトの神の雷と接触した。
普通なら一瞬でプラズマ化して消滅するはずのエネルギー。だが、マモルはその莫大な雷撃の『流れ(ベクトル)』を合気道の呼吸力で完全に捉え、自分の体を通さずに、背後の無人の荒野へと綺麗に『受け流し』たのだ。
ドゴォォォォン!!
背後の山の一部が雷撃で吹き飛び、巨大なクレーターができる。
「…………え?」
雷帝神ユイが、ポカンと口を開けた。
ただの人間が、一切の魔法も闘気も使わず、神の雷を素手で逸らしたのだ。
「お前……何者だ? 僕の雷を、どうやって……」
「アルニア第一中学校の教師、カトウ・マモルだ。……お前、龍魔呂のダチか?」
マモルは焦げたジャージの袖を払いながら、静かにユイを見据えた。
「ダチ……? 僕は、たつまろの……」
ユイが言い淀む。
「お前が彼を守りたい気持ちは分かる。だが、周りの人間を全部黒焦げにして、それで彼が救われるのか? 龍魔呂は、カタギを巻き込むことを一番嫌う男だろ」
マモルの真っ直ぐな言葉が、ユイの心に突き刺さった。
「そ、それは……でも! たつまろは今、過去の地獄に囚われてる! 僕が守ってあげなきゃ、彼は壊れてしまう!」
「壊れちゃいないさ」
マモルは、背後で立ち尽くす赤黒い闘気の塊――DEATH4状態の龍魔呂を一瞥した。
龍魔呂は、ユイが放った雷光によって一時的に標的を見失い、ただ虚空を見つめて静止している。
「あいつの心は、まだギリギリのところで踏みとどまってる。……今は、力ずくで周りを更地にするんじゃなくて、あいつ自身の心を繋ぎ止める『人間』が必要なんだよ」
神の権能で全てを焼き払うのは簡単だ。
だが、それでは龍魔呂の心に空いた穴は永遠に塞がらない。
「お前が神様なら、あいつの帰る場所(日常)までぶっ壊すような真似はしないでくれ」
マモルの、教師としての、そして友人としての真摯な説得に、雷帝神ユイはゆっくりと振り上げた手を下ろした。
上空の雷雲が、静かに霧散していく。
「……人間。君、変わってるね」
ユイは少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「わかった。今回は君に任せる。……でも、たつまろが本当に壊れそうになったら、その時は僕が、彼と融合してでも世界を終わらせるからね」
神の宣告と共に、ユイの姿が青白い光の粒子となって虚空に溶けていく。
最大の危機は、マモルの「先生オーラ」と「合気道」によって間一髪で回避された。
だが、根本的な問題は何も解決していない。
目の前には、依然として赤黒い闘気を放ち続ける、狂気の処刑人『DEATH4』が立っているのだ。
『フゥー! 危機一髪だったな、マモル! さすがの俺も、神様のカミナリには要塞のシールドがもつか冷や汗をかいたぜ!』
その時、再び空中のホログラムから、ハンバーガーを頬張るガジェットのダミ声が響き渡った。
「お前は……龍魔呂の支援者か」
マモルがホログラムを見上げる。
『ああ! 俺はガジェット! 最高の天才で、龍魔呂の魂のブラザーさ! ……マモル、アンタなら今の彼を止められるかもしれない。その前に、俺から少し……彼の「本当の地獄」について話させてくれ』
ガジェットの表情から、いつもの陽気なヘラヘラした笑いが消えた。
ここから語られるのは、鬼神・龍魔呂を形作った、凄惨なる過去の真実であった。




