EP 3
覚醒、DEATH4(デスマルク)
ポポロ村近郊の森が、震えていた。
風の音でも、魔獣の咆哮でもない。
アイドリング状態のランドクルーザー 70系に搭載された大出力カーステレオから、絶望と神の怒りを歌い上げるコーラスが爆音で轟いていたのだ。
――ヴェルディ:『レクイエム』より 「怒りの日 (Dies Irae)」。
「な、なんだこの不気味な音楽は……! ええい、早くそいつを殺せ!」
闇ギルド『黒蛇の牙』のリーダーが、人質の少女(3歳)の髪を掴んだまま、残った十数名の部下に絶叫した。
だが、誰も動けない。
真鍮製のオイルライターが「カチッ」と音を立てた瞬間から、世界の色が変わってしまったからだ。
龍魔呂の左手に嵌められた『鬼王の指輪』から、マグマのようにドス黒い、赤黒い闘気が立ち昇り、周囲の空間を物理的に圧迫していた。呼吸すら困難なほどの、純粋で濃密な『死の気配』。
その時。
龍魔呂の上空、何もない夜空の空間がガラスのように「パリンッ!」と割れた。
『ヒャッハー! 待たせたな、俺の最高のブラザー!!』
次元の裂け目から、ホログラムの映像と共に、陽気なダミ声が響き渡る。
ハンバーガーを片手に持ち、コーラを啜る白人の巨漢――異次元に引きこもる狂気の天才マッドサイエンティスト、ガジェットである。
『ミザリー(嫁)が寝てる隙に、極上の掃除道具を送るぜ! 受け取んな!』
ズドォォォォォンッ!!!
空から巨大な鋼鉄のコンテナが落下し、龍魔呂の目の前の地面に突き刺さった。
プシュゥゥゥ……と油圧音が鳴り、コンテナが開く。中には、漆黒の強化アーマーと、禍々しい銃火器が整然と格納されていた。
「ひぃっ!? 空から箱が……魔法か!?」
闇ギルドの構成員たちがパニックに陥る。
龍魔呂の瞳には、もはや一切の光がない。
彼はゆっくりとコンテナに手を伸ばし、ガジェット特製の『サブマシンガン』を両手に一丁ずつ握りしめた。
ずっしりとした金属の重み。その銃身に、龍魔呂の『赤黒い闘気』が這うようにまとわりついていく。
『ヒヒッ! そいつはただの鉛玉じゃねえ。お前の闘気をブーストさせる特別製だ。……さあ、最高のショーを見せてくれよ、DEATH4!』
ガジェットがコーラで祝杯をあげるのと同時。
龍魔呂が、両手のサブマシンガンの引き金を引いた。
ガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!!!
それは、もはや銃声ではなかった。
布を乱暴に引き裂くような、鼓膜を破壊する連続音。毎分2000発の超連射。
だが、恐るべきはその「威力」だ。
鬼王の指輪から供給された赤黒い闘気を纏った弾丸は、一発一発が『22mm機関砲』――すなわち、装甲車を蜂の巣にする対物兵器クラスにまで跳ね上がっていた。
「ぎゃああああっ!?」
「ま、魔導シールドが紙みた――」
魔導士が張った防御結界ごと、構成員たちの肉体が物理的に「消し飛んだ」。
血飛沫が上がる間もない。圧倒的な火力の壁が、森の木々をへし折り、大地を抉り、立ち塞がる悪党どもを文字通り「消しゴムで消すように」削り取っていく。
「ば、バケモノォォォッ!!」
生き残った数名が恐怖で発狂し、逃げ出そうと背を向けた。
龍魔呂は表情一つ変えず、右手で愛銃『Korth (NXS/Ranger)』を抜き放つ。
CARシステム(超近接銃撃格闘術)の構え。赤黒い闘気を纏ったKorthの銃口が火を噴く。
ダンッ! ダンッ! ダンッ!
たった3発。それぞれが正確に敵の頭蓋を貫き、逃走を許さない。
開始から数秒。
立っているのは、人質の少女を抱えたリーダーただ一人となった。
「ヒッ……ア、アアァァァァ……!!」
リーダーは恐怖で完全に失禁していた。
レクイエムの重厚な合唱が響く中、血と硝煙の匂いを纏った龍魔呂が、静かに歩み寄ってくる。
「く、来るな! 来たらこのガキを殺す! 本当に殺すぞ!!」
リーダーが震える手で、少女の首にナイフを押し付けた。
――その瞬間。
ドンッ!!
龍魔呂の姿が掻き消えた。
琉球古武術の歩法『縮地』。視認すら不可能な神速の接近。
リーダーが瞬きをした時、龍魔呂はすでにゼロ距離まで肉薄していた。
「なっ――」
龍魔呂の手には、ガジェット特製の『フォールディングナイフ』が握られている。
全長23cm、ワインレッドのハンドル。
その刃には、尋常ではない密度の赤黒い闘気が込められていた。
シュラッ。
何の抵抗も、音すらもなかった。
少女にナイフを当てていたリーダーの右腕が、肩の付け根から「豆腐のように」滑らかに切断され、地面にボトリと落ちた。
「……え?」
リーダーが、自分の右腕がないことに気づくのに数秒かかった。
「ぎゃあああああああああああああっ!!? 腕が! 俺の腕があああ!!」
切断面から噴き出す血のシャワー。
だが、龍魔呂は陳式太極拳の『化勁』を応用し、空間に闘気の流れを作り出すことで、少女に一滴の返り血も浴びせないよう血飛沫の軌道を完全に逸らしていた。
龍魔呂は、血の気を失って気絶した少女を左手で優しく抱きかかえる。
そして、泣き叫ぶリーダーの顔面を、右手のナイフの柄(ハンマー機能)で無造作に殴りつけた。
ゴシャァッ!!
頭蓋骨が陥没し、リーダーが白目を剥いて地面に崩れ落ちる。
完全なる制圧。完全なる蹂躙。
敵の命を奪うことに、一切の感情の揺らぎはない。ただの「掃除」だ。
チャキッ……。
龍魔呂はナイフの血を振り払い、ワインレッドのハンドルを折りたたんで懐にしまった。
カーステレオから流れる『Dies Irae』の最終楽章が、静かに森へ溶けていく。
赤黒い闘気を纏い、血の海の中で少女を抱きかかえて立つその姿は、この世の誰よりも恐ろしく、そして圧倒的だった。
「――龍魔呂!!」
そこへ、遅れて到着したマモルと、レオパルド率いるSWAT部隊が駆けつけてきた。
彼らは、森が抉り取られ、原型を留めないほどに破壊された「30人の武装集団の成れの果て」を見て、全員が言葉を失い、絶句した。
「おい……これは、お前が一人でやったのか……?」
マモルが息を呑む。
龍魔呂はゆっくりとマモルを振り返った。
その瞳には、まだ理性の光は戻っていない。
極限のトラウマによって引き出された冷酷なる殺人鬼『DEATH4』の魂は、まだ鎮まってはいなかった。
彼の左手の『鬼王の指輪』が、次なる「掃除の対象」を探すように、不気味な脈動を続けている。




