EP 30
林間学校の肝試し(ガチの魔境編)
アルニア第一中学校、初の大規模行事『林間学校』。
場所はアルニア領の北部に広がる『終焉の森』――改め、マモルが安全地帯(結界)を張って整備した『アルニア県民の森・キャンプ場』である。
「いいかお前ら! 自然を舐めるなよ! 結界の外にはガチの魔獣がうようよしてるからな! 絶対に班長の指示に従って行動すること!」
ジャージ姿のマモルが、メガホンで生徒たちに注意を促す。
生徒たちは「はーい」と気の抜けた返事をしながら、巨大なテントの設営や、夕食(飯盒炊爨)の準備に取り掛かっていた。
そして、夜。
カレーライス(リーザが鍋の底まで舐め回した)を食べ終え、キャンプファイヤーの火が揺らめく中、マモルはニヤリと笑って告げた。
「さて。林間学校の夜といえば、定番のイベントがあるよな」
「定番……?」
火の粉を見つめていたキャルルが首を傾げる。
「『肝試し』だ! これからお前たちには、結界のギリギリ外にある『古い祠』まで歩いて行ってもらう。そこで『お札』を取って帰ってくるだけの簡単なゲームだ。……まあ、泣いて逃げ帰っても減点はしないがな」
教師特有の「生徒を怖がらせて楽しむ」という悪戯心が、マモルの顔に浮かんでいた。
だが、相手は異世界のバケモノたちである。幽霊や暗闇など、全く意に介していなかった。
「ふふふ。マモル先生、私たちを怖がらせようったって無駄ですわ」
エルミナが余裕の笑みを浮かべる。
しかし、出発前。
女子生徒たちは、テントの裏で密かに『裏会議』を開いていた。
「ねえ、逆に私たちがマモル先生を驚かしてやらない?」
キャルルが悪巧みの顔で提案した。
「えっ……マモルを? でも、先生を驚かすなんて……」
フィリアが戸惑うが、エルミナが「名案ですわ!」と食いついた。
「冷静沈着なマモル先生が、恐怖のあまり『きゃああっ!』と私に抱きついてくる……! 最高ですわ! やりましょう!」
「あらあら、楽しそうですわね。私も魔法でお手伝いしますわ♡」
かくして、生徒たちは「お札を取りに行く」フリをして、マモルへの『逆・肝試し』の罠を仕掛けるべく、漆黒の森へと足を踏み入れた。
***
「遅いな……あいつら、迷ったか?」
キャンプサイトで待機していたマモルは、時計を見て眉をひそめた。
いくら強いとはいえ、夜の魔境である。念のため様子を見に行こうと、マモルが懐中電灯を手に立ち上がった、その時。
ズシンッ……! ズズンッ……!!
大地が、不気味な地鳴りを上げ始めた。
ただの地震ではない。巨大な質量の何かが、森の奥から近づいてくる足音だ。
「な、なんだ!?」
マモルが森の奥を照らした瞬間。
「「「きゃあああああっ!!」」」
悲鳴と共に、キャルルやフィリアたちが猛ダッシュで森から飛び出してきた。その後ろから、木々をなぎ倒して現れたのは――。
体長30メートルを超える、山のように巨大な四つ足の獣。
全身を岩のような鱗で覆い、口からはマグマのようなヨダレを垂らす、神話級の超巨大魔獣『太古の暴食獣』だった。
「なんであんなバケモノが封印を解かれてんだ!?」
マモルが絶叫する。
「ル、ルナが……! マモル先生を驚かすための『幻影魔法』の触媒として、封印の杭に世界樹の魔力を注いだら……本物が復活しちゃったのよぉ!」
キャルルが涙目で叫ぶ。
「アホかお前らは!!」
マモルは激怒しながらも、生徒たちを庇うように前へ出た。
ジャージのポケットから『三節根の王帝』を取り出す。
(くそっ……! あんな質量、合気道で受け流すのも限界があるぞ……! だが、生徒を守るのが教師の役目だ!)
「お前ら! 早く俺の後ろに下がれ!!」
マモルが覚悟を決めて三節根を構えた、その時だった。
「グルルルルル……!!」
暴食獣ベヒーモスは、マモルや生徒たちには一切目もくれず、巨大な鼻をフンフンと鳴らし、キャンプサイトの『ある一点』を凝視した。
その視線の先にあるのは――。
「ああっ!? マモル先生が明日のお昼の『バーベキュー(野外炊飯)』のために用意していた、超高級な『アルニア産・霜降り和牛(10kg)』が入った魔導クーラーボックスがぁぁ!」
フィリアが指差して叫んだ。
ベヒーモスは、数千年ぶりの空腹を満たすため、最高級の肉の匂いに引き寄せられていたのだ。
巨大な顎がパカッと開き、クーラーボックスごと丸呑みにしようと首を伸ばす。
「マズい! 明日の飯が食われるぞ!」
マモルが叫んだ、次の瞬間。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!!
森の空気が、ベヒーモスの放つ威圧感とは全く別の、禍々しいまでの『殺気』によって凍りついた。
生徒たちの先頭に、一人の少女が立っていた。
班長の腕章をつけた、極貧王女・リーザである。
彼女の目は、完全に血走り、毛細血管がブチ切れんばかりに充血していた。
「……私の……私の、お肉……」
地獄の底から響くような、怨嗟の声。
リーザにとって、明日のBBQ(タダで食える高級焼肉)は、この林間学校の全てであり、生きる希望そのものだった。
「私の……5万キロカロリーを……奪うなぁぁぁぁっ!!!」
リーザの咆哮が、魔獣の咆哮を上回って夜の森を揺らした。
第40話:野外炊飯と、最高のクラス(第4章完)
「みんな!! 班長命令よ!! 陣形・B!!」
リーザの叫びに、1年A組のバケモノたちが瞬時に反応した。
「は、はいっ! 『聖なる盾』!」
エルミナがクーラーボックスの周囲に、絶対防御の光の結界を展開する。
ガキンッ!とベヒーモスの牙が結界に弾かれた。
「肉は渡さないわ! 『流星蹴り(メテオ・キック)』!」
キャルルが上空へ跳躍し、ベヒーモスの脳天に音速の踵落としを叩き込む。
ズドォォォン!という轟音と共に、巨大な獣の顔が地面にめり込む。
「あらあら、いけませんわ。お肉を横取りするなんて。――『大樹の戒め(バインド・ルーツ)』!」
ルナが世界樹の杖を振るうと、地中から巨大な根が無数に飛び出し、ベヒーモスの四肢をガンジガラメに拘束した。
「今です! 先生のお肉を守り抜くの! 『闘気炎の矢』!」
フィリアが闘気と炎を限界まで込めた光の矢を連射し、ベヒーモスの硬い鱗を次々と剥がしていく。
「お前ら……」
三節根を構えたままのマモルは、ポカンと口を開けてその光景を見上げていた。
恐怖で震えていたはずの生徒たちが、ただ「明日の肉を守る」という一点において、かつてない完璧なチームワーク(連携攻撃)を発揮しているのだ。
「トドメよぉぉぉっ!!」
最後の大立ち回り。
完全に動きを封じられたベヒーモスの眼前に、リーザが跳躍した。
彼女の手には武器はない。あるのは、飯盒炊爨で使っていた『ただの鉄のフライパン』と『お玉』である。
「私の細胞(お肉)の、栄養になれェェェェッ!!」
リーザは火事場の馬鹿力――いや、極度の飢餓が生み出した『食欲の悪魔』と化し、空中で身を捻った。
ガァァァァァァァンッ!!!
フライパンのフルスイングが、ベヒーモスの顎の先端(急所)にクリーンヒットした。
物理法則を無視した衝撃が魔獣の脳髄を揺らし、数千年の時を生き抜いた神話級の怪物が、「キュゥ……」と情けない声を上げて白目を剥き、ズドスゥゥゥン!!と地響きを立てて完全に沈黙した。
静寂が戻ったキャンプ場。
月明かりの下、フライパンを掲げて仁王立ちするリーザは、まるで魔王を討ち果たした勇者のような神々しさを放っていた。
「……ま、守り切った……。明日の、朝ごはんは、安泰よ……」
リーザはそう呟くと、安心したのか糸が切れたようにその場に倒れ込んだ。
「リーザ!」
マモルが駆け寄り、彼女を抱き起こす。
「先生……。お肉、無事ですか……?」
「ああ。無事だ。……お前、たかが肉のためにそこまで……」
「たかが肉じゃありません。給食(タダ飯)は……命です……」
リーザがガクッと意識を手放す(ただ寝ただけである)。
マモルは呆れてため息をついた後、周囲を見渡した。
フィリア、エルミナ、キャルル、ルナ。全員が息を切らしながらも、クーラーボックスの無事を確認して笑い合っている。
入学当初の、自分勝手でバラバラだった動物園のような連中が。
一つの目的(食欲)のためとはいえ、完璧に連携し、互いをカバーし合ったのだ。
「……ははっ」
マモルは、教師になってから初めて、心からの笑い声を上げた。
「お前ら。……全員、合格だ」
その言葉に、生徒たちの顔がパァッと明るく輝いた。
***
翌朝。
アルニア県民の森・キャンプ場には、食欲をそそる強烈な匂いが漂っていた。
特大の鉄板の上で焼かれているのは、マモルが用意した『高級霜降り和牛』だけではない。
「先生! ベヒーモスのロース肉、焼き上がりました!」
エプロン姿のイグニスが、巨大な肉の塊を切り分けていく。
「おう、こっちの和牛もいい感じだ。どんどん食え!」
マモルがトングで肉を裏返しながら号令をかける。
昨晩倒した『太古の暴食獣』は、実は『最高級のジビエ肉』でもあった。
魔力が豊富に含まれたその肉は、焼けば焼くほど肉汁が溢れ出し、和牛にも引けを取らない絶品の味だったのだ。
「んまぁぁぁぁいっ!!」
リーザが両手に肉の塊を持ち、涙をボロボロと流しながら貪り食っている。
「和牛の甘みと! 魔獣の野性味が! 口の中で奇跡のハーモニーを! 義務教育、最高! 学校、最高ぉぉぉっ!!」
「こらリーザ! 一人で独占しないでよ!」
「そうですわ! その霜降りはマモル先生に『あーん』してもらうためのものですの!」
キャルルとエルミナが争いに加わり、フィリアが「先生、お茶どうぞっ」と甲斐甲斐しく世話を焼き、アルカが「おにく! おにく!」と飛び跳ねている。
朝日に照らされる、騒がしくも平和な野外炊飯の光景。
マモルは手元の紙コップのコーヒーを啜りながら、胃薬のいらない清々しい朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「……まあ、教師ってのも、悪くないな」
最強のバケモノたちに「常識」を教える道のりは、まだ始まったばかりである。
だが、この規格外の生徒たちを率いる『絶対的な先生』として、カトウ・マモルの名は、アルニア領の歴史にさらなる伝説として刻まれていくのだった。




