EP 29
カオス極まる『三者面談』
中間テストの返却日。
アルニア第一中学校、1年A組の教室には、深い絶望と、一部の歓喜が入り混じっていた。
「……信じられない。この私が、数学『48点』ですって……!?」
自称エリート天使のエルミナが、答案用紙を握りしめて白目を剥いていた。マモルの監視によって神界データベースへの不正アクセス(カンニング)を絶たれた結果、彼女の真の数学力が見事に露呈したのだ。赤点である。
「うぅぅ……マモル先生の似顔絵を描いてたら、時間切れになっちゃった……」
フィリアは『12点』の答案用紙(裏面はマモルの美麗なデッサン)を抱えて泣いている。もちろん赤点だ。
そして。
「っしゃァァァァァァッ!!」
教室の後方で、リーザが答案用紙を天高く掲げて絶叫していた。
そこに書かれていた点数は、奇跡の『50点』。
「見たかエリート共! これが生存本能(カロリーへの執着)が生み出した奇跡よ! 私のプリンは死守されたわぁぁぁ!!」
リーザは勝利の舞を踊り、エルミナたちを見下して高笑いしている。
教卓で腕を組んでいたマモルは、ため息をついた。
「喜ぶのはそこまでだ、リーザ。ギリギリ回避しただけで褒められた点数じゃないぞ。……さて、テスト返却も終わったところで、今日から放課後に『三者面談』を行う」
「「「さんしゃめんだん?」」」
生徒たちが首を傾げる。
「お前たちの『保護者』を学校に呼び、俺と生徒、保護者の三人で今後の学校生活について話し合う神聖な儀式だ。親代わりの者でも構わん。順番に呼ぶから、廊下で待機しろ」
バケモノたちの保護者を呼ぶ。
それは、マモルにとって新たな胃痛の種の開幕であった。
***
放課後。
面談のトップバッターは、始祖竜のアルカだった。
「しつれいしまーす!」
アルカが元気に入室してくる。その後ろから、ゲッソリと頬をこけさせた初老の男が、フラフラとついてきた。
「……ほ、保護者として参りました。アルニア領宰相の、エドガーでございます……ゴホッ」
「エドガー……お前、仕事中に抜け出して来たのか? というか顔色が死人みたいだぞ」
エドガーは着席するなり、胃薬の瓶から錠剤を3粒まとめて口に放り込み、水筒の水で流し込んだ。
「は、はい。アルカ殿は国家の重要機密にして最強の抑止力……その保護者を誰が務めるかで騎士団内で揉めまして、結局、私が全責任を負うことに……」
「大げさだ! ただの中学の面談だぞ」
マモルは苦笑しながら、アルカの成績表を取り出した。
「えーと、アルカは元気があってよろしい。ただ、体育のドッジボールの時に、ボールの代わりに『クロノス・ブレス(時空消滅攻撃)』を吐こうとするのはやめさせてください」
「ひぃぃぃっ! も、申し訳ございませんっ! 直ちに魔力制限の首輪を……!」
「そこまでしなくていい! 言い聞かせれば分かる子だ。なぁ、アルカ?」
「うんっ! あるか、ブレス吐かないでボールなげる!」
保護者(宰相)が教師(領主)に土下座しそうになるという、異様な力関係の面談は5分で終了した。
続いて。
「次、エルミナ」
「……はいですわ」
エルミナが、この世の終わりのような暗い顔で入ってきた。
その後ろから、ガラガラッと引き戸を開けて入ってきたのは……。
「うぃーっす! 遅れてごめんねー、マモルちゃーん! ヒック」
紫色の芋ジャージに身を包み、片手にスルメ、もう片手に『いいちこ(麦焼酎)』のボトルを提げた駄目女神、ルチアナだった。
「ルチアナ!? お前が保護者なのか!?」
「嫌ですわぁぁぁ!」
エルミナが顔を覆って泣き出した。
「本当は、神界から大天使ミカエル様を呼ぼうとしたのに……このニート女神が『私が元直属の上司だから行く~』って、勝手に乱入してきたんですの!」
「いいじゃないのぉ~。堅苦しいことは抜きにして、はい、マモルちゃんも一杯やる?」
ルチアナがドカッと保護者席に座り、持参したお猪口に焼酎を注いでマモルに差し出す。
「学校に酒を持ち込むなバカヤロー!!」
マモルの容赦ないハリセン(出席簿)が、女神の頭頂部にクリーンヒットした。
「いっだ!? ちょっと、神に向かって何すんのよ!」
「ここでは俺が教師で、お前はただのダメ親だ! エルミナの赤点の原因はお前の教育方針にあるんじゃないのか!? 昼間からコタツで酒飲んでる暇があったら、勉強の一つでも見てやれ!」
「うぅ……正論すぎて言い返せない……。ごめんなさい、マモル先生……」
創造神たるルチアナが、ただの人間の元教師に正座で説教されるという、神話崩壊の瞬間であった。エルミナは恥ずかしさのあまり、すでに気絶しかけている。
そして。
面談の最後を飾るのは、見事赤点を回避し、プリンの権利をもぎ取ったリーザである。
ガラッ。
「失礼します」
リーザが一人で入ってきた。
その後ろには、誰もいない。
「リーザ、保護者はどうした?」
「……あ、少し遅れてるみたいですね。私、呼んできます」
リーザはそう言うと、不自然な足取りで一度廊下へ出た。
そして、10秒後。
ガラッ。
「ヤアヤア、センセイ。ウチノ娘ガ、イツモオ世話ニナッテオリマス」
そこに立っていたのは、リーザだった。
しかし、鼻の下には**『宴会芸用のぶっとい黒ヒゲ』がセロハンテープで貼り付けられ、目には『ぐるぐるメガネ』**を装着している。声は無理やり低く押し殺したオッサン声だ。
「…………」
マモルは無言で、手元のボールペンの芯をカチカチと鳴らした。
「リーザ」
「チガイマス。ワタシハ、リーザノ父デス。……アッ、ヒゲガ」
粘着力の弱いセロハンテープが剥がれ、黒ヒゲがポロリと床に落ちた。
「お前、学校を舐めてんのか」
マモルの冷たすぎる視線に、リーザはぐるぐるメガネを外し、床に土下座した。
「ごめんなさぁぁぁい!! だって、故郷の海は遠いし、うちの親は今頃、借金取りから逃げてマグロ漁船に乗ってるから呼べないんですぅぅぅ!!」
「……はぁ。事情は分かった。お前が一人で苦労してるのは知ってる」
マモルはため息をつき、リーザにパイプ椅子を勧めた。
「まあ座れ。お前の成績だが、数学50点、他もギリギリだ。だが、授業態度は(給食前以外は)一番真面目だ。その必死さを、もう少し勉強に向けられないか?」
「だ、だって先生! 勉強してもお腹は膨れないじゃないですか! プリンのために頑張るのが限界です!」
リーザが切実な目で訴える。
「……お前なぁ。いいか、学校で学ぶ知識ってのは、将来お前が誰かに騙されたり、搾取されたりしないための『防具』なんだよ。借金取りから逃げ回る人生を、自分の代で終わらせたくないのか?」
マモルの真っ直ぐな言葉に、リーザはハッとして顔を上げた。
ただの説教ではない。教師としての、生徒の未来を本気で案じる言葉。
「先生……」
「テストで50点取れたんだ。お前はやればできる。……今度の林間学校、お前にはクラスの班長をやってもらうぞ。皆をまとめる立場になれば、少しは常識も身につくだろ」
マモルがニッと笑うと、リーザの目に涙が浮かんだ。
「はいっ……! 私、班長やります! 皆の分まで給食の配膳も完璧にこなしてみせます!!」
「いや配膳は皆でやれ。……まあいい。面談終了だ。帰ってよし」
夕日に照らされる教室。
偽ヒゲをポケットにしまい、深々と頭を下げて帰っていくリーザの背中を見送りながら、マモルは首をポキポキと鳴らした。
「……さて。面談も終わったし、明日は赤点組の便所掃除(補習)の監督か」
義務教育サバイバルは、休む暇を与えてくれない。
次回、アルニア第一中学校の一大イベント『林間学校(ガチの魔境編)』。
大自然の中で、リーザの食い意地が未曾有の奇跡(惨劇)を引き起こすことになるとは、マモルはまだ知る由もなかった。




