EP 26
5時間目・体育
給食の熱狂(と唐揚げの脂)が胃袋に落ち着き、午後の気怠い空気が漂い始める5時間目。
アルニア第一中学校の真新しい体育館に、生徒たちが集められていた。
全員、マモルがデザインした指定の体操服(紺色のジャージ)を着用している。
「押忍! 全員集合したっすね! 午後の体育を担当する、特任体育教師のイグニスっす!」
首からシルバーのホイッスルを下げ、赤いジャージを着込んだ巨漢の竜人イグニスが、熱血教師さながらに拳を突き上げた。
SWATの激務の合間を縫って、マモルから「お前、体力バカだし体育教えろ」と無茶振りされたのだ。
「今日の種目は、日本の伝統的格闘技……『ドッジボール』っす! ルールは簡単! ボールを相手にぶつけて、最後まで生き残ったチームの勝ちっす! 細かいことは気にせず、己の闘争本能をぶつけ合うっすよ!」
「イェーイ! 燃えてきたわね!」
キャルルがトンファーを置いて(体育館持ち込み禁止)、準備運動のシャドーボクシングを始める。
チームは適当に二手に分かれた。
【赤組】:キャルル、ルナ、リーザ
【白組】:フィリア、エルミナ
「位置について……ピーッ!!」
イグニスのホイッスルと共に、ジャンプボールが投げ上げられた。
空中でボールを奪い取ったのは、圧倒的な瞬発力を誇るキャルルだ。
「先手必勝! 死になさいッ!」
キャルルは着地と同時に、腰の捻りと脚力を全開にしたオーバースローを放った。
ズドンッ!!
放たれた皮張りのドッジボールが、マッハの壁を超えて衝撃波を纏う。ただの球体が、完全に『大砲の弾』と化していた。
「ひぃっ!? 早っ!?」
フィリアが悲鳴を上げてしゃがみ込む。
「甘いですわ!」
エルミナが一歩前に出た。
彼女の手に神聖なオーラが集中し、音速のボールを『バチィィィッ!!』と正面から受け止めた。摩擦熱でボールから白煙が上がっている。
「さすが天使……! でも、お返しですわ!」
エルミナがボールを握り直す。
今度はボール全体が白銀の光に包まれ、形状すら槍のように変化し始めた。
「――『神罰の球撃』!!」
ギュォォォォォン!!
エルミナの放ったボールは、もはや球技のそれではない。完全に神話級の投擲兵器である。
光の軌跡を描いて赤組のコートへ突き刺さろうとするボール。
「あらあら、物騒ですわねぇ。――『空間湾曲』」
ルナがニコリと笑い、ボールの軌道上の空間を指先で捻じ曲げた。
光のボールは虚空に吸い込まれ……次の瞬間、エルミナの背後の空間から飛び出してきた!
「なっ!? 空間転移ですって!?」
エルミナが慌てて振り返り、ギリギリでボールを弾く。
弾かれたボールは体育館の天井付近で跳弾し、さらにキャルルが飛び上がって回し蹴りで追撃を加えた。
バチバチバチッ!!
光と闇、魔力と物理が複雑に絡み合ったボールは、徐々に赤く発熱し、プラズマを帯びた『極大破壊弾』へと成長していく。
体育館の空気が焼け焦げ、窓ガラスがビリビリと共鳴音を立てていた。
「パイセンたち、すげぇっす! もっと殺り合うっす!」
教師であるはずのイグニスが、完全に観客(脳筋)と化して声援を送っている。
その一方、コートの隅で頭を抱え、ガタガタと震えている者が約一名。
「いやぁぁぁ! お腹に! お腹にだけは当てないでぇぇぇ!」
リーザだ。
彼女は体育館の壁際にへばりつき、必死に自分の胃袋を両手で庇っていた。
(あんなの食らったら死ぬ! いや、死ぬことよりも……さっき食べた240キロカロリーの唐揚げと特製ビーフカレーが、口からリバース(強制排出)してしまうわ!! それだけは……それだけは絶対に阻止しなければ!!)
極貧王女の生存本能(と消化への執念)が、彼女を完全な『逃げ専』へと変貌させていた。
「フフフ、逃げ惑うウサギのようですわね! フィリアちゃん、合わせますわよ! 合体魔法球です!」
「ええっ!? う、うん! 『闘気炎』!」
エルミナの光と、フィリアの炎がボールに注ぎ込まれる。
そして、ルナが「私も混ぜてくださいな♡」と世界樹の魔力まで付与した結果。
ボールは、直径2メートルを超える『燃え盛る隕石』と化した。
それが、逃げ場を失ったリーザのいる壁際に向かって、ゆっくりと、しかし絶対的な死の気配を纏って飛来する。
「あ、あわわわわ……! 私の……私のタダ飯がぁぁぁ!!」
リーザが白目を剥いて失神しかけた、その時だった。
「お前らぁぁぁっ!!」
バンッ!!
体育館の扉が蹴り破られ、一人の男が猛ダッシュで飛び込んできた。
校長兼、教頭兼、学年主任――カトウ・マモルだ。
職員室で書類仕事をしていた彼は、体育館から異常な魔力反応を感じ取って飛んできたのだ。
「マモル先生!?」
マモルは一切の躊躇なく、燃え盛る隕石とリーザの間に割って入った。
(バカどもめ! ただの皮のボールに限界まで魔力を込めやがって! このまま弾ければ体育館ごと吹き飛ぶぞ!)
マモルは深く腰を落とし、両手を柔らかく前に出した。
合気道・究極の受けの型。
飛来する巨大なエネルギーの塊に対し、真っ向から反発するのではなく、その回転と魔力の流れに自分の動きを完全に同調させる。
「――ふっ!!」
シュルルルル……ッ!
マモルの両手がボールに触れた瞬間。
すさまじい摩擦音と共に、マモル自身の体がコマのように高速回転を始めた。
破壊のエネルギーを、円運動によって完全に相殺・吸収していく。
シュゥゥゥ……ポンッ。
数秒後。
マモルの回転が止まった時。
彼の両手の中には、プスプスと煙を上げる『ただのドッジボール』が、ふんわりと抱えられていた。
「…………え?」
フィリアやエルミナが、信じられないものを見たという顔で固まる。
神話級の破壊エネルギーが、ただの人間であるマモルの手によって完全に無力化されたのだ。
「……イグニス」
マモルが、地を這うような低い声で体育教師を呼んだ。
「ひゃ、ひゃいっ!」
「ドッジボールは、殺し合いの道具か?」
「ち、ちがいまっす! スポーツっす!」
「なら、なぜ止めないバカヤロー!!」
ゴッ!
マモルの拳が、イグニスの脳天にクリーンヒットし、巨大な竜人が「あべしっ!」と床に沈んだ。
「いいかお前ら! 魔力も闘気も禁止だ! 純粋な投擲力だけで勝負しろ! あと、顔面セーフだ! 顔に当たってもアウトにはならん!」
マモルはボールをキャルルに投げ渡し、昭和の体育教師のごとく厳しいルールを叩きつけた。
「さあ、外野に回れ! 普通のドッジボールを再開するぞ!!」
「「「はいぃぃぃぃっ!!」」」
マモルの『先生オーラ』に完全に萎縮したバケモノたちは、魔力を一切使わず、ペチッ、ポフッ、と気の抜けた音を立てながら、非常に平和で安全なドッジボールを再開した。
「……助かった。私の唐揚げ……消化管に留まってくれてありがとう……」
リーザは壁際でへたり込み、安堵の涙を流していた。
アルニア第一中学校の初日は、こうしてマモルの胃袋と引き換えになんとか無事に(?)終了した。
だが、真の地獄は明日以降に待ち受けている。
『恐怖の中間テスト』という、己の知能だけを武器にする、逃げ場のない戦いが――。




