EP 25
第四次・給食大戦(おかず争奪戦)
給食。
それは、成長期の少年少女たちに等しく与えられる、栄養とカロリーの恩恵。
だが、ここアルニア第一中学校1年A組において、給食はただの食事ではない。己の生存とプライド(と胃袋)を賭けた『聖戦』である。
「給食当番、前へ! 配膳を開始しろ!」
白衣にマスク、三角巾という完璧な衛生装備を身につけたリーザが、誰よりも早く配膳台の前に立っていた。
本日のメニューは、アルニア産和牛をコトコト煮込んだ『特製ビーフカレー』と、大ぶりな鶏肉を秘伝のスパイスで揚げた『極上唐揚げ(一人三個)』、そして新鮮なサラダと牛乳である。
(……お肉……! 黄金色の衣……! これが、毎日タダで配給されるというの……!? 義務教育、なんて恐ろしくも素晴らしいシステムなの……!)
リーザは震える手でお玉を握り、カレーをよそっていく。
彼女の脳内では、すでに「いかにして自分のお皿に少しでも多くの肉片を紛れ込ませるか」という高度な計算が弾き出されていたが、マモルの「平等に配れよ」という鋭い眼光に射すくめられ、泣く泣く均等に配膳した。
「よし、全員行き渡ったな。……いただきます!」
「「「いただきます!!」」」
号令と共に、教室に「ズズズッ!」「ガツガツッ!」という、およそ中学生らしからぬ猛獣の捕食音が響き渡る。
「おいひぃ……っ! スパイシーなのに甘みがあって……唐揚げも外はサクサク、中はジュワッて……!」
フィリアが感動で涙ぐみながらカレーを頬張る。
「うむ。神界のフルコースには劣りますが、悪くない味ですわ」
エルミナが上品に、しかし恐るべきスピードで唐揚げを平らげていく。
「おかわり! マモル先生、カレー大盛りでおかわり!」
キャルルが開始3分で皿を空にして立ち上がる。
そしてリーザはといえば、マイ箸とマイスプーンを両手に持ち、一粒の米、一滴のルゥすら残さない勢いで皿を舐め回すように完食していた。
彼女の顔には、かつてないほどの至福が浮かんでいる。
公園の雑草では決して得られない、圧倒的な『動物性タンパク質の暴力』に、彼女の細胞が歓喜の声を上げていた。
「はぁ……はぁ……。生き返るわ……。これが完全食……」
しかし、戦いはここからが本番だった。
「よし、全員食ったな。……実は今日、調理室のゴブリンおばちゃんがサービスしてくれてな」
マモルが、教卓の上に置かれた一つの銀色のボウルを指差した。
「唐揚げが、『3個』余っている」
ピタリ。
1年A組の教室の空気が、完全に凍りついた。
全員の視線が、ボウルの中で黄金色に輝く3つの唐揚げにロックオンされる。
「ルールは知っているな。欲しい奴は前に出ろ。……平和的な『ジャンケン』で決めるぞ」
ガタッ!!
全員が一斉に立ち上がった。
給食のおかわりジャンケン。それは、人間が最も原始的な闘争本能を剥き出しにするデスゲームである。
前に進み出たのは、キャルル、ルナ、フィリア、エルミナ、イグニス。
そして――極貧王女、リーザだ。
(唐揚げ……1個約80キロカロリー……3個で240キロカロリー! これは私の命のストックよ! 絶対に渡さない……!!)
リーザの瞳孔が開き、人魚族特有の『動体視力』が限界まで研ぎ澄まされる。
「最初はグー! ジャン、ケン、ポンッ!!」
マモルの掛け声で、6人の手が突き出された。
リーザ:パー
キャルル:グー
フィリア:グー
イグニス:グー
エルミナ:パー
ルナ:チョキ
「よし、ルナの一人勝ちだな。ルナに唐揚げ1個だ」
「あらあら、ありがとうございますわ♡」
ルナがふんわりと唐揚げをゲットする。
「なっ……!? バカな……私の完璧な心理分析が……!」
リーザが愕然とする。
彼女はパチンコ屋で培ったハイエナ技術で、「キャルルとイグニスは脳筋だから最初はグーを出す」と完璧に読んでいた。しかし、天然エルフのルナの『無欲のチョキ』までは読めなかったのだ。
「くそっ……! 残り2個……!」
リーザがギリッと歯を食いしばる。
「よし、負けた奴は下がれ。残ったルナ以外の5人で、残り2個を争え。最初はグー、ジャン、ケン、ポンッ!!」
カッ……!!
リーザの脳内で、時間が極限まで引き伸ばされた。
『ゾーン』に入ったのだ。
(見える……! キャルルの肩の筋肉の動き、エルミナの指先のピクつき、フィリアの視線……! こいつらが出す手は……!!)
キャルルは力みすぎてグー。
エルミナは優雅にパー。
フィリアは無難にチョキ。
イグニスはよく分からずグー。
(なら、私は……キャルルとイグニスを潰す『パー』を……いや、待て!)
リーザの動体視力は、エルミナの手がパーからチョキへ、コンマ1秒の遅出しで変化しようとしているのを捉えた。
神界の動体視力を持つ天使による、意図的な『後出し』の反則だ。
(汚いわよ天使! なら私は……そのチョキを潰す!!)
リーザの手首が、鞭のようにしなった。
「グーッ!!」
ドンッ!!
リーザが力強く突き出したグーが、キャルルとイグニスのグーと引き分け、エルミナとフィリアのチョキを粉砕した。
「よし、フィリアとエルミナ脱落! 残り2個を、リーザ、キャルル、イグニスで争え!」
「嘘……! 私の神眼を上回る動体視力ですって……!?」
エルミナが愕然として膝をつく。
(勝った……! あとはこの脳筋2人を倒すだけ……!)
リーザはニヤリと笑った。
対するキャルルとイグニスも、額に汗を浮かべて構えている。
「行くわよ……最初はグー! ジャン、ケン……」
(この2人は単純……。さっきグーで引き分けたから、次は思考を変えてパーかチョキを……いや、あえて裏の裏をかいて連続グーの可能性も……!)
心理戦の極致。
だが、ここでリーザは、パチンコ屋でのスレスレの生存競争で身につけた『最悪のブラフ』を放った。
「(ボソッ)……私、次はパー出すから」
「「えっ?」」
キャルルとイグニスが、一瞬だけ戸惑った。
リーザがパーを出すなら、チョキを出せば勝てる。しかし、それが嘘なら? 裏をかいてグーを出してきたら?
純粋な武闘派である2人の脳処理能力が、リーザの仕掛けた高度な心理戦(盤外戦術)によって一瞬だけショートした。
「ポンッ!!」
リーザ:チョキ
キャルル:パー(迷った末の手)
イグニス:パー(迷った末の手)
「勝負あり! リーザの勝ちだ! 残り2個はリーザのもの!」
マモルがホイッスルを鳴らした瞬間。
「よっしゃぁぁぁぁぁぁっ!!!」
リーザは、ワールドカップで優勝したかのような凄まじいガッツポーズを決め、教室の天井に向かって雄叫びを上げた。
純粋なジャンケンという競技において、魔力も闘気も持たない極貧王女が、格上のバケモノたちを「食い意地」と「セコさ」だけで完全論破(物理)したのである。
「う、嘘でしょ……あんた、パー出すって言ったじゃん……!」
キャルルが震える声で抗議する。
「フッ。勝負の世界に温情はないのよキャルル。……ごちそうさま!」
リーザは銀のボウルから2つの唐揚げを鷲掴みにし、そのまま口の中へ放り込んだ。
サクッ……ジュワァァァ……!
「あぁ……っ! 至福……! これが勝利の味……! 義務教育、最高ぉぉぉっ!!」
肉汁と共に嬉し涙を流しながら、唐揚げを咀嚼するリーザ。
その神々しいまでの食べっぷりに、負けたキャルルたちも「まあ、あそこまで必死ならしゃーないか」と謎の納得をしてしまった。
マモルは教卓で、ふぅ、とため息をついた。
(まったく。たかが唐揚げ3個で、魔王軍との戦いみたいなテンションになりやがって……)
だが、この程度の騒ぎは、アルニア第一中学校における「日常」のほんの一部に過ぎない。
午後の授業は『体育』。
そして、担当教師はあの「脳筋竜人」イグニスである。
校舎の倒壊危機が、すぐそこまで迫っていた。




