EP 24
1時間目・数学(マモルの絶対領域)
キーンコーンカーンコーン……。
アルニア第一中学校、1年A組の教室。
チャイムが鳴り終わり、教卓の前に立ったマモルは、チョークを手に取って黒板に向かった。
カツカツカツ……。
静かな教室に、チョークが黒板を叩くリズミカルな音が響く。
マモルが書き終えて振り返ると、生徒たち(異世界のバケモノ軍団)は、黒板に書かれた『謎の暗号』を前にポカンと口を開けていた。
黒板には、こう書かれている。
【問】 次の方程式を解け。
x^2 + 5x + 6 = 0
「……よし。お前ら、これが何か分かるか?」
「はいはいはいっ!」
一番に手を挙げたのは、スケバン風のセーラー服を着たキャルルだった。
「おお、キャルル。答えてみろ」
「これ、古代エルフ語の呪いの呪文でしょ? 『バッテンの二乗に、5とバッテンと6を足すと、世界が無に還る』っていう……」
「違うわ! これは『二次方程式』という数学の問題だ! 呪わないから安心しろ!」
マモルは頭を抱えた。
読み書きの基礎はできていると思っていたが、数学という概念自体がこの世界の住人には全く定着していなかったのだ。
「いいか。この『x』に当てはまる数字を見つけるのが目的だ。やり方は『因数分解』を使う。掛けて6、足して5になる二つの数字を探すんだ」
マモルが丁寧に説明するが、生徒たちの頭上には「?」が飛び交っている。
「先生、質問ですわ」
天然エルフのルナが、ふんわりと手を挙げた。
「その『因数分解』というのは、どういう魔法陣を描けば発動しますの?」
「魔法陣は描かない。頭を使うんだ。……よし、ルナ。試しに黒板の前に出て解いてみろ」
「はいですわ♡」
ルナはニコニコと教壇に上がり、チョーク……ではなく、懐から『世界樹の杖』を取り出した。
「ちょ、お前何出す気だ!?」
「え? 魔法で答えを導き出すのですわ。――大地の叡智よ、我が問いに答えを! 『真理の爆華』!」
ルナが杖を黒板に突きつけた瞬間、凄まじい魔力の光がほとばしった。
ドォォォォォン!!
「きゃあああっ!?」
「うおおっ!?」
黒板の『x^2 + 5x + 6 = 0』と書かれた部分だけが、ピンポイントで物理的に爆破され、壁にポッカリと大穴が開いた。
「……見事な因数(物理)分解ですわね!」
ルナがドヤ顔で振り返る。
「黒板を分解してどうするバカヤロー!! 備品を壊すな!!」
マモルがハリセンでルナの頭をパコーン!と叩く。
マモルは予備の移動式黒板を引きずり出し、再び問題を書き直した。
「はぁ……はぁ……。よし、キャルル! 次はお前だ! 腕力じゃなくて頭を使えよ!」
「ちっ、分かってるっての。要するに、その『x』って奴をバラバラにすればいいんでしょ?」
キャルルがダルそうに教壇に上がり、チョークを握った。
ギリリッ……。
そして、月兎族の恐るべき握力で、チョークを粉々に握り潰した。
「はい、分解完了」
「チョークを粉砕するな!! お前も物理か!!」
もはや授業崩壊の危機である。
イグニスは「さっぱり分からんっす……」と白目を剥いており、フィリアは「マモル先生が怒ってる顔も素敵……♡」と黒板ではなくマモルをスケッチしている。
そんな中、リーザだけが真剣な表情でノートをとっていた。
マモルは少し感動した。
(おお、リーザ。あいつだけは真面目に授業を聞いているじゃないか。……よし、リーザ!)
「はいっ!」
「お前ならこの問題、解けるか?」
リーザは自信満々に立ち上がり、ビシッと黒板を指差した。
「先生! 質問があります! その『x』と『y』を煮込んだら、何キロカロリーのスープになりますか!? そして、それはお腹にたまりますか!?」
「数字を食うな!! お前の頭の中にはカロリーしかないのか!!」
マモルは天を仰いだ。
だめだ。こいつら、桁違いの魔力や身体能力を持っているくせに、知能指数が壊滅的すぎる。
このままでは、ただの「動物園」だ。
ここで教師としての威厳を見せつけなければ、この先、義務教育を続けることは不可能だ。
マモルは、静かにチョークの箱を開けた。
「……お前ら」
その瞬間、教室の空気が凍りついた。
マモルの背中から、大運動会で見せた『あのオーラ』――絶対的な指導者の覇気が立ち昇ったのだ。
「授業中に、ふざけるな」
スッ、と。
マモルの右手が、チョークの箱から5本の白いチョークを鷲掴みにした。
合気道の極意『呼吸力』。丹田に気を込め、全身のバネを指先に一点集中させる。
シュバッ!!!
マモルが腕を振るった瞬間、5本のチョークが、5発のマグナ・ライフルの弾丸となって教室を飛び交った。
「「「ひぃぃぃぃっ!?」」」
ピタッ。ピタッ。ピタッ。
音速を超えたチョークは、ルナ、キャルル、リーザ、エルミナ、イグニスの眉間からわずか1ミリの空中で――見えざる壁にぶつかったように、完璧な「寸止め」で停止し、ポトッと机の上に落ちた。
合気道の極意『当て身』の応用。相手に恐怖だけを与え、傷はつけないという神業である。
「…………」
5人の問題児たちは、顔面蒼白になり、声も出せずに固まっていた。
直撃していれば、間違いなく頭蓋骨が陥没していた。その確信が、彼らの本能に『服従』の二文字を刻み込んだ。
「いいか。もう一度だけ説明する。ノートを取れ」
マモルが冷徹な声で告げると、5人は「はいぃぃぃぃっ!!」と軍隊のように揃って返事をし、ものすごい勢いでノートに黒板の文字を写し始めた。
(……ふぅ。やれやれ、やっぱり最後は実力行使か)
マモルは内心で胃薬を欲しながらも、表面上は完璧な「冷徹教師」を演じきった。
それを見ていたフィリアだけが、「ああっ、マモル先生のチョークが私には飛んでこなかった……! 私も怒られたい……!」と身悶えしていたが、マモルはあえて無視した。
キーンコーンカーンコーン……。
4時間目の終わりのチャイムが鳴った。
マモルがチョークを置く。
「よし、今日の授業はここまで。……日直」
号令をかけようとした瞬間、リーザの目が血走り、全身の筋肉がバキィッ!と音を立てて膨張した。
「き、き、き、起立ゥゥゥゥッ!!」
リーザの叫びは、もはや咆哮だった。
「礼ッ!! ……先生! 給食の準備に移ります!!」
ついに、極貧王女が待ち焦がれた時間がやってきた。
アルニア第一中学校における、最も血生臭い闘争――『第四次・給食大戦(おかず争奪戦)』の火蓋が切られようとしていた。




