EP 22
義務教育の導入と、タダ飯の匂い
アルニア公爵邸・執務室。
領主であるカトウ・マモルは、冒険者ギルドから提出された『領民基礎学力テスト』の結果を見て、深く、深くため息をついていた。
「……エドガー。冒険者たちの『算数』の平均点が、100点満点中、驚異の『4点』なんだが」
「はい、閣下。……非常に、頭の痛い問題となっております」
エドガーが胃薬をボリボリとラムネのように噛み砕きながら頷いた。
マモルの手による近代化で、アルニア領の経済は爆発的に発展した。しかし、インフラの進化に『領民の知能』が全く追いついていなかったのだ。
「ギルドの報告によりますと、討伐報酬の計算ができずに悪徳商人にピンハネされる者、ポーションのお釣りの計算ができずに全財産を置いていく者、さらには『3匹のゴブリンが2グループで計何匹か?』という問いに『たくさん!』と答える冒険者が続出しております」
「幼稚園児か!!」
マモルは机をバンッと叩いた。
元・中学の数学教師としての魂が、激しく警鐘を鳴らしている。
文明を発展させるだけではダメだ。それを扱う人間の『教育』が不可欠なのだ。
「……やるしかないか」
マモルは立ち上がり、窓の外を見下ろした。
「エドガー。直ちに領法を改定しろ。『アルニア義務教育法』の制定だ。精神年齢が中学生以下、または常識と基礎学力が欠如している者は、全員強制的に学校へ通わせる!」
「が、学校、でございますか?」
「ああ。俺のスキルで、最高の学び舎を建ててやる」
***
翌日。
アルニア領の郊外に、凄まじい規模の建築物が突如として出現した。
マモルのユニークスキル『マイホーム(5LDK)』を極限まで魔改造し、ドワーフの建築部隊と徹夜で連結・増築させた巨大施設。
白亜の鉄筋コンクリート造り、地上4階建て。
校門には、筆文字でデカデカと看板が掲げられている。
『アルニア第一中学校』
そして、領民たち(と居候たち)をグラウンドに集めたマモルは、朝礼台の上から高らかに宣言した。
「えー! これより、アルニア領に義務教育を導入する! 年齢は問わん! 読み書き計算ができない者、そして『社会的な常識が欠如している者』は、全員このアルニア第一中学校に入学してもらう!!」
ざわっ……。
集められた者たちから、不満の声が漏れ始めた。
「えー? がっこう? あたち、剣の素振りしかしたことないわよ?」
「勉強なんて面倒くせぇ! 筋肉があれば魔物は倒せるっす!」
特に不満顔だったのが、マモル邸やシェアハウスの面々だ。
「マモル様……。私は神界のエリート教育を受けておりますので、下界の学校など不要ですわ」
ヴァルキュリアが優雅に扇子を扇ぐ。
「私、もう立派な冒険者(現代女子大生風)なんですけど? なんで今更、中学生の真似事させられなきゃいけないのよ」
キャルルがジト目でマモルを睨む。
「……ふふふ。そう言うと思ったぞ」
マモルは朝礼台の上でニヤリと笑い、メガホンを握り直した。
元教師は、生徒(という名の問題児たち)を机に向かわせる「最高の餌」を知っている。
「もちろん、ただ勉強しろとは言わん! 本校に入学した生徒には、重大な特典がある!」
マモルは背後のドワーフに合図を送った。
ガラガラガラ……と、朝礼台の横に『巨大な保温ワゴン』が運ばれてくる。
蓋が開けられた瞬間、スパイスの芳醇な香りと、揚げ物の香ばしい匂いがグラウンドいっぱいに広がった。
「アルニア第一中学校では、毎日昼休みに『給食』を提供する!!」
ドンッ!
マモルの背後に、『本日のメニュー:特製ビーフカレー&唐揚げ』の幻影が魔法で映し出された。
「育ち盛りの生徒のため、栄養バランスを完璧に計算した完全食だ! アルニア産の高級食材を惜しみなく使い、なんと……『生徒は毎日無料』で食べることができる!!」
ピタリ。
グラウンドの空気が止まった。
いや、正確には「一人」の少女の呼吸が、完全に停止したのだ。
群衆の最後尾。
ボロボロの服を着て、参加賞の『お米10kg』を大事に抱えていた極貧アイドル・リーザ。
彼女の耳に、『毎日無料』『ビーフカレー』『唐揚げ』という単語が、天使のラッパのように響き渡っていた。
(ま、毎日……タダで……お肉が……?)
リーザの瞳孔が開き、限界まで拡張された。
塩むすびで命を繋ぎ、公園の雑草サラダバーでビタミンを補給してきた彼女にとって、「給食」というシステムは、まさに神が遣わした「奇跡の錬金術」に他ならなかった。
(行く……! 何がなんでも行くわ! これは私の命を繋ぐ、最後の希望よ!!)
次の瞬間だった。
ダァァァァン!!!
「ちょっと退きなさいよアンタたちぃぃぃっ!!」
凄まじい砂埃を巻き上げ、リーザが群衆をモーゼの海割りのように蹴散らしながら、朝礼台に向かって猛ダッシュしてきた。
その手には、マモルが事前に配っていた『入学願書』が握られている。
「マモルぅぅぅっ!!」
バンッ!!
リーザは朝礼台に両手でバン!と音を立てて願書を叩きつけた。
目は血走り、口からは涎が垂れかけている。
「私! 入学します! 社会の常識、全然足りてません! 九九も『7の段』から怪しいです! だから私に! 私に義務教育を受けさせてぇぇぇ!!」
「お、落ち着けリーザ! お前、年齢的に高校生くらいだろ!?」
マモルがドン引きしながらツッコミを入れるが、リーザの耳には届かない。
「年齢なんて飾りにすぎないわ! 今の私は、知的好奇心に溢れた14歳よ!! さあ、早く入学許可印を! そして私を給食室へ案内なさい!!」
「目的が完全に飯じゃねーか!!」
リーザの狂気に満ちた入学宣言を皮切りに。
「ま、マモル様と同じ学校……! それはつまり、放課後のお掃除デートや、図書室での甘酸っぱい青春……! 私、入学します!!」
フィリアが顔を真っ赤にして願書を提出する。
「ズルイですわフィリアちゃん! 青春の1ページは、この私と共に刻むべきです!」
エルミナが続く。
「まもるー! あるかもがっこういくー!」
アルカも元気に手を挙げる。
「よし! お前ら全員、第一期生として入学許可だ! 明日から制服を着て登校しろ!」
マモルは満足げに頷き、入学願書の山に次々とハンコを押していった。
『給食』という最強の餌に釣られ、アルニア領の規格外のバケモノたちが、一つの校舎に集結しようとしている。
明日から始まるのは、平和な学園生活ではない。
元数学教師マモルと、常識ゼロの生徒たちによる、血で血を洗う『義務教育サバイバル』の幕開けであった。




