EP 20
マモル無双~合気道部顧問の補習~
真っ二つに割れた雲の隙間から、一筋の陽光がグラウンドに差し込んでいる。
アルニア・ドームは、水を打ったように静まり返っていた。
「……嘘、だろ」
SWATの竜人イグニスが、震える声で呟いた。
魔王の極大魔法と、天使長の神罰。直撃すれば山脈すら消し飛ぶそのエネルギーの激突を、ただの人間であるマモルが、棒切れ(三節根)一本で「天に受け流した」のだ。
理解の範疇を超えた事象を前に、最強の化け物たちは誰も言葉を発することができない。
「……全員、そこに整列しろ」
低く、よく通る声がスタジアムに響いた。
マモルはジャージのポケットに手を突っ込み、ゆっくりとグラウンドの中央へ歩み出る。
その背中から立ち昇っているのは、闘気でも魔力でもない。
——『怒れる教師のオーラ』であった。
「……っ!」
その瞬間。
騎馬の上で呆然としていた元魔王サルバロスと、空に浮かんでいた元天使長ヴァルキュリアの背筋に、生物としての本能的な悪寒が走った。
それは、種族の強さや魔力の大小とは全く無関係の、社会的な上位者……『絶対的な指導者(先生)』に対する根源的な恐怖だった。
「ひっ……!」
ヴァルキュリアは慌てて羽をしまい、地面に降り立った。
サルバロスも、魔王の威厳などかなぐり捨てて騎馬から飛び降りる。
デュラス、レオパルド、イグニス、フィリア、エルミナ……暴走していた全員が、マモルの前に駆け寄り、言われるがままにズラリと一列に並んで――正座した。
「……いいか、お前ら」
マモルは正座する化物たちを見下ろし、静かに語り始めた。
「俺はルール説明で何と言った? 『相手を直接殺傷する魔法は禁止』だと言ったな? お前らが今さっき放とうとしたのは何だ? 騎馬戦のハチマキを取るための魔法か?」
「い、いや……その……」
サルバロスが目を泳がせる。
「マ、マモル様、これは……愛ゆえの……」
ヴァルキュリアが言い訳を口にしかけた、その時だった。
スッ……。
マモルは足元に転がっていた「小石(先ほどの爆発で砕けたアスファルトの欠片)」を拾い上げ、親指と人差し指で挟んだ。
そして。
ピュッ!!
無造作に指で弾き飛ばされた小石が、弾丸のごとき速度で宙を裂いた。
「「「ヒィッ!?」」」
小石は、ヴァルキュリアとサルバロスの眉間からわずか数ミリ横を、音速を超えた衝撃波と共に通り抜け、背後の防壁魔法陣(ヒビ割れ済み)に「ドズゥゥゥン!!」とクレーターを作ってめり込んだ。
かつてマモルが、居眠りする不良生徒のチョークを百発百中で眉間に当てていた『チョーク投げ(暗器術)』の、異世界フルパワー・バージョンである。
合気道で培われた『気』のコントロールが、ただの小石をマグナ・ライフルの弾丸以上の威厳兵器に変えていた。
「授業中(競技中)に、私語(言い訳)はするな」
マモルの冷徹な一瞥に、魔王も天使も「はいぃぃぃぃっ!」と涙目で平伏した。
もはやどちらが魔王か分からない。この瞬間、アルニア領のヒエラルキーの頂点には、間違いなく「元数学教師」が君臨していた。
「スポーツってのはな、ルールの中で全力を尽くすから面白いんだ。お前らみたいに、すぐに世界を滅ぼそうとするバカは、グラウンドに立つ資格はない」
マモルは腕を組み、ふぅ、とため息をついた。
「黒組と赤組、全員ルール違反で失格。……それから」
マモルの視線が、端の方でまだハチマキを漁っていた白組に突き刺さる。
「リーザ!!」
「ひゃいっ!?」
ビクッと肩を跳ねさせたリーザが、両手に布切れを抱えたまま固まった。
「お前もだ! 騎馬から降りて小銭拾ってんじゃねぇ! 白組も失格だ!」
「そ、そんなぁ……私の不労所得がぁぁぁ……」
リーザはハチマキを抱きしめて泣き崩れた。
隣でキャルルが「だから言ったじゃないの……」と頭を抱えている。
「全チーム反則失格。よって、この大運動会は……」
マモルが優勝者なしの宣言を出そうとした、その時。
「まもるー!」
トテトテ、と。
応援席から、赤いポンポンを持ったアルカが駆け寄ってきた。
彼女はマモルのジャージの裾を引っ張り、満面の笑みで見上げた。
「あるか、おとなしくおうえんしてたよ! いいこにしてたよ!」
……そういえば、誰もが殺意と欲望にまみれる中、アルカだけはマモルの言いつけを守り、一度も暴走せずに応援席に座っていた(デュラスがちょっかいを出した時は自衛しただけである)。
マモルの険しかった表情が、ふっと緩んだ。
彼はしゃがみ込み、アルカの頭をポンポンと撫でた。
「ああ。アルカが一番いい子だったな。偉いぞ」
マモルは立ち上がり、メガホンを手に取った。
「えー、審判長の権限により発表する! 唯一ルールを守り、立派にスポーツマンシップ(応援)を見せた、アルカの優勝とする!!」
「わーい! あるか、ゆうしょうー!」
アルカがピョンピョンと飛び跳ねて喜ぶ。
「「「ええええええええっ!?」」」
正座している全員から、悲鳴にも似た声が上がった。
「そんな……! 私の正妻の座が……幼女に……!」
フィリアとエルミナが絶望で膝から崩れ落ちる。
「私のステーキがぁぁぁ! 羽毛布団がぁぁぁ!」
リーザは土を掘って自分の墓を作ろうとしている。
「文句があるやつは前に出ろ」
マモルが再び『小石』を拾い上げる仕草を見せると、全員が首を高速で横に振った。
「よろしい。……罰として、赤組、白組、黒組の全員、終わった後にこの半壊したスタジアムの『草むしり(グラウンド整備)』の補習だ。逃げたら晩飯抜きだからな」
「「「……はい」」」
こうして。
アルニア領の消滅の危機は、元合気道部顧問の「怒りのチョーク投げ」によって見事に回避された。
マモルがいざという時に見せた、圧倒的な「底知れなさ」と「先生の威厳」。
それは、領民たちの中に新たな『畏怖』と、嫁候補たちの中に新たな『強烈なときめき(ギャップ萌え)』を刻み込むことになったのである。
残すは、閉会式と……優勝者アルカの『お願い』だけである。




