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EP 19

暴走! 消し飛ぶ運動場

 アルニア・ドームの上空は、この世の終わり(ハルマゲドン)のような光景と化していた。

 スタジアムの右半分は、元魔王サルバロスが掲げた漆黒の魔力球――『暗黒太陽ダーク・ノヴァ』によって、光が吸い込まれるような闇に包まれている。

 一方、左半分は、天使長ヴァルキュリアが展開した6枚の光の羽から放たれる『神罰の光槍ジャッジメント・スピア』によって、網膜を焼くような白銀の閃光に支配されていた。

「マモル様への愛を邪魔する悪魔! その存在ごとチリに還しなさい!!」

「フハハハ! 寝室をゲーミングルームにする余の崇高な野望、神如きに止められるものかァァァ!!」

 愛(という名の独占欲)と野望(という名の娯楽)が、限界まで圧縮されていく。

 二つの極大魔法が放つ余波だけで、マモルが設計した強固な防壁魔法陣が「ピキッ……ピキキッ……」と悲鳴を上げ、ガラスのようにひび割れ始めていた。

「だ、ダメだ! 結界が持たん!」

 黒組の土台としてサルバロスを支えていたレオパルドが、屈強な顔を青ざめさせた。

 歴戦の騎士団長である彼にも分かる。あの二つの魔法が激突すれば、ただの爆発では済まない。相乗効果で空間が崩壊し、このスタジアムどころかアルニア領の半分が消し飛ぶ。

「退避ぃぃぃ! 観客を避難させろぉぉぉ!!」

 レオパルドの絶叫を受け、観客席のドワーフやエルフたちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 白組の陣地でも、キャルルが耳を伏せて叫ぶ。

「アホかあいつら! 騎馬戦で国を滅ぼす気!? ルナ、防御結界張って!」

「あらあら、お空がピカピカして綺麗ですわねぇ~」

「暢気にしてる場合じゃないっての!」

 キャルルがルナの襟首を掴んで退避しようとしたその時、彼女は足元でモゾモゾと動く影に気づいた。

「……36枚。……37枚。ふふふ、落ちたハチマキを繋ぎ合わせて特大の網を作れば、来年の芋掘りで役に立つわ……」

 極貧王女リーザだ。

 彼女は上空の終末的スペクタクルなど一切見向きもせず、四つん這いで泥まみれになりながら、執念深くハチマキ(布切れ)を拾い集め続けていた。

「あんたブレないわね!? 死ぬわよ!?」

「離して! まだあそこに38枚目が落ちてるのよぉぉぉ!」

 キャルルは抵抗するリーザを小脇に抱え、猛ダッシュでグラウンドの端へ逃れた。

 そして。

 放送席では、いつの間にかマイクの前に『魔法のコタツ』が設置されていた。

 駄目女神ルチアナが、その中にすっぽりと入り込み、スルメをかじりながら中継を続けている。

「あーあ。やりすぎでしょ、あいつら。……ま、私には神の絶対防御ゴッド・バリアがあるからコタツの中は安全だけどね。ヒック。……お、そろそろ撃つんじゃない?」

 ルチアナがビールジョッキを傾けた、その瞬間。

「「消え去れェェェェッ!!」」

 魔王と天使長の声が重なり合った。

 漆黒の太陽と、白銀の槍の群れが、同時に放たれた。

 音が消えた。

 圧倒的なエネルギーの奔流が、グラウンドの中央で激突しようとする。

 アルニア領の滅亡まで、あと1秒。

 誰もが死を覚悟し、目を閉じた――その時だった。

「……たく。どこの世界でも、はしゃぎ過ぎるバカはいるもんだな」

 静かな、だがスタジアムのどこにいても鼓膜の奥に直接響くような声が落ちた。

 グラウンドの中央。

 二つの極大魔法の激突点の真下に、ジャージの胸元をはだけさせた男が立っていた。

 アルニア公爵領領主にして、元・中学数学教師(合気道部顧問)――カトウ・マモルである。

「マモル殿!? 何をっ、逃げろォォォ!」

 デュラスが叫ぶ。

「マモル様!? 危ないですわ!」

 魔法を放ってしまったヴァルキュリアが、我に返って悲鳴を上げる。

 だが、マモルは逃げない。

 彼の手には、鈍い銀色に輝く『三節根の王帝』が握られていた。

(合気道の極意は『気』の流れを読むこと。……魔法のエネルギーも、所詮は力のベクトルだ)

 マモルは深く息を吸い込み、三節根を体の前でゆったりと回し始めた。

 ヒュン……ヒュルルルル……。

 それは、力任せの防御ではない。

 水車が川の激流を回すように、あるいは、風車が暴風を受け流すように。

 マモルの描く「円の動き」が、三節根の伝説の力とシンクロし、彼の周囲に目に見えない『引力の渦』を発生させた。

「……『合気』」

 激突寸前だった漆黒の太陽と白銀の光槍が、マモルの頭上に到達した瞬間。

 ドゴォォォ……という轟音は鳴らなかった。

 シュゴォォォォォォ……ッ!!!

 二つの相反する極大魔法は、マモルが作り出した「円の渦」に吸い込まれるように軌道を変えられた。

 黒と白のエネルギーが、三節根の動きに合わせて螺旋を描きながら絡み合い、一つの巨大な「竜巻」へと姿を変えたのだ。

「な、なんだと!?」

「私たちの魔法が……混ざり合って、受け流されている!?」

 サルバロスとヴァルキュリアが驚愕に見開いた目の前で、マモルは三節根を頭上で大きく振り抜いた。

「他所でやれっ!!」

 ズドォォォォォォォン!!!

 マモルが受け流した『黒と白の融合魔法』は、アルニア・ドームの真上、遥か上空の成層圏へと向かって、一直線に逆流リフレクトしていった。

 パカァァァァァン……!!

 天空で、巨大な花火のような爆発が起こる。

 それは空を覆っていた分厚い雲を、見事なまでに真っ二つに割り、一筋の青空(モーゼの海割りのような光景)を現出させた。

「…………え?」

 スタジアムを支配したのは、爆音ではなく、完全な沈黙だった。

 ただの人間であるはずのマモルが、神話級の魔法を無傷で弾き返したのだ。それも、力でねじ伏せたのではなく、柔らかな武術の理合りあいをもって。

 マモルはジャージの肩の埃を払い、三節根をアイテムボックスにしまった。

 そして、まだ空中でポカンとしているヴァルキュリアと、騎馬の上で固まっているサルバロスを、氷のように冷たい目で見据えた。

「……全員、そこに整列しろ」

 それは、領主としての命令ではない。

 絶対に逆らってはいけない『先生』のオーラだった。

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