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自分の敵は自分

「そ、」



 “それはどういう意味でしょうかヴァン・ネイヴ・ロト神官長補佐。ネイヴともあろう御方が信徒の御神への信仰をお疑いになるのですか? それもわたくしを? とんでもない、なんて侮辱ですか!冒涜ですか! あんまりですわ、わたくし生まれてこの方、ここまで非道な人格否定は初めてです! ああ、ああ! こんな、どうしてそのようなことを! 耳が腐り落ちそうとはこの感覚ですわね! わたくしの信仰を! それもあの尊く貴い御神の御聞きしている御前で! これほどの恥辱を受けたとあってはいくらネイヴを賜った御方であろうと正気を疑います! 穢らわしい! 恥を知りなさい! ああ、御神は何故このような不心得者の異端者を隣人に選ばれたのですか! このような者は神官長並びに国王陛下の御前で異端審問にかけるべきです! ええ、きっと偉大なる御二方であればあなたなどすぐにでも処刑、”


 パチン!


 とっさに自分の口を手で塞ぐ。勢い余ってほとんど叩く形になったけど、顔がヒリヒリする感覚で頭がちょっと冷静になった。


 今の、なに?


 神を信じるか。ヴァンさんの質問の意味が理解できなくて。遅れて理解した瞬間にお腹の中から胸まで熱いものがこみ上げてきた。そんで喉の奥で吐き出しかけた何かをギリギリのところで飲み込んだら、吐き出せなかったのが頭の中まで逃げ込んで爆発したんだ。


 口を覆う手のひらに、じんわり嫌な汗が滲む。次、口を開いたら、今度こそヴァンさんに対する暴言が止まらないんじゃないかって。震えるほどの不安が、一向に収まらない。そして直感した。


 これ、エラの怒りだ。


 エラは宗教観的には平均的な貴族の家の子だった。お父様もお母様も、お祖父様もお祖母様も。家族みんなが人並みに国神教を信仰していても、何においても優先するってほどじゃない。


 周囲の貴族から浮かない程度にお祈りし、結婚式とか葬式とか、あとは国を挙げてのお祝い事とかは教会に行って、たまに教会傘下の孤児院や事業にお金を寄付する。そんな一般的な貴族の家の子だったけれど、記憶の中のエラ本人はそうじゃなかった。


 エラは心から国神教を信仰していた。


 普通、日々のお祈りは毎食前くらいだ。けれどエラは起床後、朝食前後、外出前後、間食の前後、夕食前後、就寝前に一度ずつ、最低でも十回。プラス何か良いことがあるとそのたびにお祈りしては神様に感謝をしていた。


 普通二回のところを最低十回。八歳の誕生日会の時とかよっぽど嬉しかったのか三十回もお祈りした記憶がある。


 けれどエラは家族に自分の信仰心を隠していた。それはお父様が現代日本人並みに薄い信仰心しか持ち合わせていなかったことが理由だった。貴族の娘なんて父親の道具と一緒だ。表向きはどうであれ娘が宗教にどっぷりハマればとりあえず抜けさせるのが日本の親だろう。それを肌で感じ取っていたエラは自分の信仰心を傍目から見て並程度に抑えていたわけ。


 それでも、漫画のエラは他のシスターよりも頭一つ抜きん出て信仰心が強いってくらいのイメージだった。間違ってもこんな狂信的な信徒ではないはず。


 たった一言神様信じますかって質問されただけで信仰をバカにされたという被害妄想をして、同じネイヴとはいえ一応貴族的には上の爵位のヴァンさんを異端審問にかけろとまで言う。ありえないことだ。


 だって、それならルモナちゃんを助けるのおかしくない?


 この国は王族の特例を除いて一夫一妻制だ。しかもレオルーク殿下とマリステラの婚約は教会で神前契約まで執り行ったガチで正式な契約だったりする。まあ、例によって手順を踏めば取り消し可能の緩い契約だけど、さすがに取り消さない内に破ったらヤバいでしょ。


 その神前契約を蔑ろにして他人の婚約者とくっつく女とか、今のエラにしてみたらほとんど姦淫罪みたいなものだ。


 話すどころか視界に入ったが最後、犯罪者がなに表歩いてんの? って感じだ。信仰的にピュアブラックなスリーアウト、チェンジ。首を斬れとか言い出しそうな勢い。いや、冗談じゃなくマジトーンで親指をスーっと横に引きそう。さすがにキャラ崩壊が過ぎるけどさ。


 え? もしかしてどこかで作者がネタ漫画でも描いた? 巻末にオマケでついてる漫画とか? 記憶にないけど? ここネタ漫画の世界? ええー? 私ネタ枠?



「やはり、以前のミュリエラ・ロジオール嬢ではないのだな」



 だんだんいつもの調子を取り戻してきた頃に、ヴァンさんが目の前にいたことを思い出した。


 跪いたまま、下からジッと睨みつけていた目が、なんだかちょっと普通になったような気もしないでもない。というかサラッと確信つきましたね?



「私の知るロジオール嬢なら、たとえ目上の者であろうと自身の信仰が疑われることを決して許すまい。それも神官を名乗る者からの疑惑ならばなおさらだ。信徒にあるまじき言動であるとすぐにでも糾弾する。それどころか傷害を匂わせる発言までしたに違いない」



 いえ、殺そうとまで考えていましたが。


 というかヴァンさんとお会いした記憶が三回ほどなのですが、たったそれだけでエラの本性を見破るってすごいな。霊能者か何かか。いや、神官よりは似合いそうだけど。


 ヴァンさんは一度俯いてから、仕切り直しという風にまた私の目を見つめ直した。



「先ほど御神に二人きりになる許可をいただいた」



 何してるんですかマイロード! 何考えてるんですかマイロード! だめだ本当にどっか行ったっぽい。というか神様ヴァンさんに肩入れしすぎじゃない? 私より付き合い長いからですかずるい!


 いつもと違う、疲れてもいないし不機嫌そうでもないヴァンさんの手がこっちに伸びてきて、まだ口に当てていた私の手を取った。


 カサついた感触。私の手よりもずっと大きな手がやんわりと触れてくる。エラとしては生まれて初めて触る、男の人の手だった。



「異性との肌の接触は、シストの戒律に違反します」



 いつもどおりのクソ真面目がオートで作動して、貴族の子女が言うべきセリフが勝手に浮かんで流れていく。思えばさっきの罵詈雑言は、普段からこうやってエラが身につけた癖や考え方に任せっぱなしだったことの弊害かもしれない。やっぱ頼りすぎは良くないってことかな。



「ネイヴ同士ならば構わないだろう」

「未婚の娘が密室で婚約者でもない異性と手を触れ合わせることは醜聞に他なりません」

「御神自らが人払いしてくださった。この部屋での出来事が漏れたのだとしたら、私かお前が漏らしたということになるな」



 だから俺の言う通りにするんだなグヘヘへ。


 という幻聴が脳内を駆け巡った。実際はものすごく淡々としてらしてエロどう、ンン! みたいな雰囲気はカケラもない。でも手は握られたまま。なんじゃこりゃ。



「何より、これは御神からの御指示だ」



 ストン。うわあ。


 御神からの御指示、で無意識に体から力を抜いた自分が怖い。体に残っているエラの思想が、御神の御指示なら喜んで! って全幅の信頼をヴァンさんに明け渡した。


 ふにゃんふにゃんに頭のてっぺんからつま先まで柔らかくなって、むしろ跪いているヴァンさんに向かって倒れこみそうな勢いだ。アウト! さすがにアウト!



「ここはネイヴしか入れぬ隣人の部屋。ここでのお前はミュリエラ・ロジオール嬢でもエラ・シスト・ロジオールでもない、ただのエラとして存在できる。だから、いくらお前が以前と変わろうが、変わるまいが、誰も咎めはしない。ここでは己を偽ることなど無意味だ。ただ思うがままに、安心して御神と対話するといい」

「……それは、ヴァン・ネイヴ神官長補佐もでしょうか?」

「ああ、そうだな。確かにここは教会の中でいっとう安らげる場だ」

「だから以前よりも柔らかい雰囲気なのですね、なるへそ」

「へそ?」



 やっべ。



「なんでもにゃっ、ない! ないです! 今のなし!」



 一度噛み出すとまた変な噛み方するのなんなの……。



「御神が御戻りになったのか? ずいぶん早いな」



 手を握られたまま下から顔を覗き込まれて死にたくなった。


 違います違いますこの赤くなった顔は神力じゃないです! ガチで恥ずかしかったんです違うんです! 待って! 神様呼ばないで! 今呼ばれたら絶対からかわれる! 変な誤解産んじゃうから! あっ!



『さっきはお楽しみでしたね(笑)』



 あーーーーっ!!!!


 結局、神様からその日一日中からかわれるまくって、ヴァンさんになんで呼び出されたのか分からないまま初めての休日は過ぎていった。悲しい。

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