9 兆し
送迎車はハイウェイを降り、ちいさな商店が並ぶダウンタウンへ続く交差点を通り過ぎていった。
広く取られた歩道に、少しはみ出す形で置かれた飲食用のテーブルとベンチ。
そこに座るカップルがいた。
30代の長身の白人男性は、少し神経質そうに何度も下がったメガネの縁を上げ直しながら、熱心に話している。
「カリ、いい加減、あの情報提供者と会った日のことを詳しく僕に話してくれ。僕らの仲じゃないか。それに、君はあれから様子がおかしい……いったい何があったんだ」
男が話している相手の女性は、真っ直ぐな黒髪を後頭部でまとめ、額とその下に見える知的な眼差しが印象的な黒人女性だった。しかし男の懇願するような姿には目もくれず、ジスたちの乗った黒い送迎車が向かった通りの方向に気を取られていた。
「カリ、聴いているのか?!」
男は声を必死に抑えたつもりだったが、その声が周囲の視線を集めてしまった。
「リヒター、あなたの声はちゃんと聴こえているわ。だから大きな声を出さないで。前にも話した通り、その人は王室関係者で安全の為に誰にも話すなって口止めされたの。だから今もなにも話せないのよ。……もう時間だわ。店で人と会う約束があったはずよ」
カリ・トンプソンはリヒター・ヤンセンの瞳をじっと見つめてそう言うと、立ち上がって歩き出した。
「カリ、なあ、待ってくれ。話は──」
「しつこいわ。話は終わり」
今までにも確かにカリの残酷なほどの冷静な部分や、ひどく強気な態度を取引先相手に対して取ることはあったが、それがパートナーである自分に向けられることなど一度もなかった。
リヒターは不信感を覚えた。なにか自分に対して後ろめたい隠し事があるのだろう。
「カリ、待て……うわ!」
リヒターはカリの腕を掴もうとしたが、逆に手首を掴み返され、地面に突き飛ばされてしまった。
「リヒター。いいこと? 私に、二度と、触れないで」
カリはそう言うと、何事もなかったかのように、彼に背を向けて街に消えていってしまった。
しかし、リヒターはその場にしばらく凍りついて立ち上がれなかった。
それは突き飛ばされた拍子に強く腰を打ったせいではなく、彼女の冷たい瞳には生気が全く感じられず、恐怖で体が動かなかったからだ。
(一体彼女は〈誰〉なんだ? もう、僕の知っているカリ・トンプソンではない……)
リヒターはゆっくりと立ち上がり、数日前に彼女のUNIにインストールした追跡用のアプリを起動した。




