30 夫婦
ビカシュはゆっくりと目を閉じ、そしてゆっくりとまた目を開けた。しかし、先ほどと変わらず目に入るのは拘置所の低い灰色の天井だった。これが悪夢だったらよかったのに、そう思い何度もゆっくりとまばたきを繰り返していた。
廊下の奥から足音が近づいてくる。
「ビカシュ王子……ご同行下さい」看守が悲しい眼差しで彼に電磁手錠を見せて言った。
「わかった」
看守が丁寧に手錠をかけた。
「申し訳ありません」看守は涙ぐんでいた。
「……いいんだ」
ビカシュは力なく答えた。
尋問室にはプリヤ王女とアルジュン・ハーサンが座っていた。
「プリヤ……私は──」ビカシュがなにか言おうとしたのを王女は指で止めた。
「録画をしばらく止めてちょうだい」
プリヤがマジックミラー越しの誰かに向かってそう言うと、監視用のカメラの赤いランプが消灯した。
「ビカシュ、全部わかっているの。だから話す必要はないわ」
「だが、どうして……お隣のあなたは、確か探偵の──」
「アルジュン・ハーサンです。お久しぶりです。奥様に頼まれて、あなたのことをお調べしておりました。ええ、あの物資の輸送の件です」
アルジュンがそう言うとビカシュの顔が青ざめた。
「そうか、君も知っているのか……」
震えた声でビカシュが言った。
「ビカシュ!! なぜ私に話してくれなかったの? 何故隠したの?」
プリヤの声には悲しみが滲んでいた。
「すまない。これは私の……問題なのだ。君は王女だ。この件に巻き込むわけには行かなかった」
「いいえ、それは違う。私は王女である前にあなたの妻なの、私たちは夫婦なのよ。それにサビルに起こったことだって、ずっとあの子に黙っている気だったの? 彼はアミタの叔父なのよ。そしてアミタは私の大事な娘! みんな本当の家族なの。血の繋がりなんて関係ないわ!!」
プリヤは大声を上げて立ち上がった。
「……けれど、その件はもういいの。すべて私が対処したから」
ビカシュが顔を上げる。「プリヤ、『対処』ってどういう意味だ?」
「安心して、全て現状維持よ。メーラト・ドームAには引き続き物資が届けられ続ける。その代わりあなたの私兵は全員私の、『王女の配下』となったわ」
ビカシュは全く理解できないという顔でプリヤの顔をじっと見つめた。
それを見て王女は悲しく微笑んだ。
「もう、バカねぇ。私たちふたりで一緒に背負っていくのよ。もしこれが……いつかそうなった日には、あなたの妻として私も罰を受けるの」
「プリヤ……私はなんてことを」
ビカシュが声を上げて泣き崩れた。
「愛しい人。お願い、もうそんなふうにひとりで泣かないで。これからは辛く悲しいときは一緒に泣くのよ? 夫婦なんだから。さあ、この話はもうおしまい。いいわね?」
プリヤも涙し、ビカシュの頬に両手を当てて優しく言った。




