25 探偵1
3階 プリヤンカー王女の寝室
私服に着替えたプリヤ王女は、ドレッサーの前に座り、涙で赤く腫れてしまった自分の目をじっと見つめていた。
ゆっくりと2、3回瞬きをして、息を素早く吸い込むと姿勢を正し、乱れてしまった化粧を整えた。
彼女は廊下に出ると、2階の応接室に向かった。
部屋に入ると、年季の入った目の荒い焦げ茶色のスーツを着た60代後半の白髪男性が椅子から立ち上がり彼女を出迎えた。
「プリヤンカー王女、お久しぶりでございますな」
丸みを帯びたやや猫背気味で、王女を見てニッコリと微笑む口元には、上品に整えた真っ白のカイゼル髭があった。
「アルジュン、よく来てくれたわね」
プリヤの表情が少しだけ柔らかくなった。
しかし、すぐ毅然とした表情に戻り、ゆっくりと腰掛けた。
「早速本題だけど、この半年間で分かったことを教えてちょうだい」
「もちろん、それはビカシュ王子……の調査についてですな」
「ええ。今回の殺人事件との関連性も含めてね」
アルジュンはカバンから大きめのタブレットサイズのUNIを取り出して、テーブルに置いてゆっくりと話しだした。
半年ほど前──
昼下がりのニュー・ポールバンダル区のとあるカフェ
UNIに表示されたメッセージを読みながら、渋い表情で考え事をしているアルジュン・ハーサンがいた。彼は代々シンハラージャ家に仕える私立探偵のひとりだった。プリヤの父ヴィクラムが王子だった頃、彼女がまだ母のキミコ王女のお腹の中に居た頃からの付き合いだった。
メッセージの内容は彼女の夫ビカシュの最近の不可思議な行動についての調査依頼だった。
彼が最近保安部隊員から、自分に対して信用のおける人物を選び私兵としていること。貯蔵庫の物資に差異があること、いくつかの暗号化されたメッセージの送受信のログ、それらが関連データとしてメッセージに添付されていた。
「アルジュン、おまたせしたわね」
彼と同年齢だと思われる、上品な風貌の年配の女性がテーブルについた。
「ナディア、今日もきれいだね」アルジュンはそう言って彼女の手をとってキスをした。
「フフフ、相変わらずお上手ね。例の件、分かったことがあるわ」
そう言いかけた時、ウェイターが近づいてきた。
「ありがとう、私はすぐ帰るから結構よ」そう言って彼女は笑顔を作った。
ウェイターが奥へ行ったのを確認して、ナディアは続けた。
「発注書類の確認をした人物に直接会ってみたけれど、特に怪しい人物ではなかったわ。もちろんその後に人物調査はしたわよ。真っ白だった。そして、農作物、衣類、医薬品等はきちんと正規のルートで宮殿に搬入されていることは確認できた。ただ……」「ただ?」
「あなたが渡してくれたデータね、重量計に改ざんされている可能性があるの。ほら、これが搬入前に倉庫で計測したデータよ」
アルジュンは目を細めて数字を確認する。
「本当だ。重さが半分になっている。だが、何故誰も気が付かないんだ?」
「そこなのよね。ちょっと気になって遡って調べてみたらなんと、この重量の不正は3年ほど前から続いているの」
「なんだって?!」
アルジュンが声を上げたので、ナディアが「シーッ!」と唇に指を当てた。
「とにかく分かったことはこれだけよ」ナディアはすばやく立ち上がってそう言った。
「いつも悪いねハニー……おっと、失礼! ミズ・パテル」
「もう、からかわないでアルジュン。今度はゆっくりもっと静かなところで会いましょう」
ナディアはそう言って彼に優しく投げキッスをした。
彼女の去っていく後ろ姿を少し残念そうに見つめていたが、冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干してアルジュンは再び表情を固くした。
「ビカシュ・ミルザの生い立ちについて、もう一度詳しく調べる必要がありそうだ」
初老の私立探偵は、カバンに大きなUNIをそっとしまい込むと、大きなお腹をテーブルに引っ掛けないようにゆっくりと立ち上がり、カフェのオーナーにウィンクすると、店を出て街の雑踏に消えていった。




