20 地下1
トイレから出てきたリゲルは、廊下で自分と同じくらいの年頃の薄いピンク色のドレスを着た少女に目が止まった。彼女は艶のあるカールした髪を左右に振りながら人目を気にして、奥の通路にひとりで歩いていくのを見つけた。
「女の子がひとりで何してるんだろう……」
リゲルは不思議に思い、彼女を追いかけた。
狭い小さな下り階段の前には〈立入禁止〉の看板があった。
「ここを降りていったのかな」
リゲルは周りに誰もいないことを確認して、そっとその看板をまたいで薄暗い地下への道を覗いた。
下の方からは冷たく湿った空気が流れている。
ゆっくりと階段を降りると、薄暗い通路の先に古くなって錆びた扉が見えた。
「なんか気味悪いな。でもここまで来ちゃったからな……」
リゲルはそうつぶやくと少し心細くなったが、勇気を出して先へ進んだ。
取っ手に掛かっていたと思われる重そうなチェーンが床に落ちていて、扉は半開きになっていた。その隙間からゆっくりと奥へと進む。湿度は一段と高くなり、通路の低い天井からポタポタと雫が落ちる音が通路に響いた。
「いったいどこに続いているんだろう」
そう呟いた時、奥で影が動いた。リゲルは小走りで奥へと進んだ。
その時、通路の影から誰かに腕を掴まれ、横道に引き込まれた。
「わ!」リゲルは思わず声を上げた。
「(シーッ! ちょっと、静かに!)」
目の前に先ほどの少女が立ってリゲルの口を手で塞いだ。通路の奥で何人かの男性の話し声が聞こえた。少女は目を大きく見開いて、顔を傾けて無言でその様子を知らせた。
声が遠のき、少女はゆっくりとリゲルの口に当てた手をおろした。
「はー。びっくりした。何するんだよ、もう!」とリゲル。
「あなた何なの?」
少女が手を腰に当てて睨みつける。
「僕は、リゲル・ヨラン。君は──」
「そんな事知ってるわよ! ジスといっしょに来た子供でしょ?」
少女は踏ん反り返るも、身長はリゲルより少し低い。
「もしかして、君は王女の娘のアミタ……姫、様?」
アミタは頷いた。
「『姫』も『様』もいらないわよ。もう、子供がひとりでウロウロしちゃダメでしょ?」
「君だって、まだ子供じゃ──」
「あなた歳はいくつ?」アミタはリゲルの言葉を遮って言った。
「じゅ、12歳……でもあと2か月で──」
「私は14歳。だから、あなたよりもずっと大人よ」
またしてもアミタはリゲルの話を遮って言った。
「ちょっと、もう、人が話している途中で話し始めないでよ!」
リゲルは声を荒げたが、アミタは気にも留めない。
「見て、あの奥」そう言って、薄暗い通路の先にある少し開けた場所を指さした。
「いったい何?」
「実はここ、宮殿の地図に載っていない場所なの。さっき通ったの扉覚えてる? あそこは今までずっとチェーンがかかっていて閉まってたの。しかも錆びて開かなくなっていたんだけど、今朝来たら開いてたのよね。なんかミステリーの予感がしない?」
アミタは目を輝かせて言った。
「でも立入禁止だし、勝手に入ってきっと後で叱られるよ?」
「チンケな男ねぇ! さっきの怪しい人影見たでしょ? つまり、その、どう見ても怪しいじゃない! だから、調査しに行くのよ! わかった?」
アミタはリゲルの袖を引っ張った。「え? ぼ、僕も行くの?」
「女の子をひとりで行かせる気?」
「わかったよ……」
リゲルはアミタの強引さから、アヤを思い出した。
(こっちの女の子ってみんなこんな感じなのかなあ……)
はーっと大きくため息をついた。
「もう! 何グズグズしてるの? 置いてくわよ!」
アミタはそう言って威勢よく歩き出した。
通路を進むと先ほど見えていた場所は天井も高くかなり広々とした場所だった。水の流れるような音も聞こえて、更に空気も冷たくなった。左右にいくつかの倉庫につながる扉が見える。
「地下にこんな広い部屋があるなんて知らなかったわ」
アミタはどんどん奥へ進んでいく。
「ねえ、ちょっと待って」
リゲルはウェンたちが心配しないようにUNIでメッセージを送信しようとしたが、上手く行かない。
「ねえ、これどうして送信できないんだろう」
なんとかアミタに追いついたリゲルがアミタにUNIを見せる。
「ネットワーク圏外なんじゃないの? ちょっと見せなさい」
アミタがリゲルからUNIを乱暴に取り上げた。
「変ね。ネットワークはオンラインだわ。何故かしらね」
その時、すぐ近くから複数の足音が聞こえてきた。
「アミタ、隠れなきゃ!」
アミタの手を引っ張り、倉庫の一つに飛び込むと静かに扉を閉めた。
リゲルは慎重に窓の外を見た。10人ほどの軍服姿で武器を持った男たちが別の倉庫から沢山の箱をカートに乗せて運んでいた。
「あの腕章、パパの私兵だわ……こんなところで何をしてるのかしら」
アミタの声に不安がまじる。
そのうちにビカシュの私兵たちは、全員がUNIを取り出し、何か話し始めた。
隣りに居たアミタが目を細める。
「ロックダウン……今そう言ったわ」
「え? どうしてわかったの?」
「唇を読んだの。ああ、そういうことね。何かのセキュリティ侵害が発生して宮殿がロックダウン状態になったらしいわ。だからUNIでメッセージが送信できないのね」




