12 前夜祭
夕暮れ時のオーシャンビュー・ホテルは、先程までとは違い活気に満ちていた。
ホテルの入口には前夜祭のディナーに参加するドレスアップした来客たちが、次々と送迎車に乗って現れた。
ジスとリゲルが止まるダブルルームでは、リゲルがフォーマルウェアを着るのに四苦八苦していた。
「いいえ、そのベルトはその上から……ええと、ジャケットもそちらが下になるように……ああ、そうではなくて」
ジスが丁寧に指示を出すが、なかなか伝わらない。
「こうかな? ええと──」
そのとき、ノックの音がした。
「今開けますから」ジスがドアを開けると、タキシードを着てきちんと整髪もしたウェンが立っていた。
「準備できたか?」
「まだ時間はあるからゆっくりでいいわよ」
続いて、紫色のシルクのカクテルドレスを着て、濃い赤の口紅が映えるエイカが廊下から覗いた。
「うわ、二人ともかっこいいね!」リゲルが目を輝かせた。
「あの、僕はこれが上手く着られなくて……」
「しょうがないわねぇ……」エイカが足早にリゲルに近づき、ものの数秒で見事に仕上げてしまった。
「はい、できあがり。よく似合っているわよ」
リゲルはカラシ色のズボンに、袖口に金の飾りがついた白に近いベージュのジャケット、そして太いベルトがポイントの装いになった。
「ヒューッ! まるでどっかの国の王子様だな」
ウェンがわざとらしくお辞儀をしてみせた。
「そして、その、ジスは……ええっと。それは、制服か?」ウェンが顔をしかめる。
ジスはグレーの生地に僅かにテクスチャされたカラー付きの上着、そして無地のダークグレーのズボンという装いだった。
「なんというか……地味ね。いい意味で、よ」
エイカも言葉に困った様子だった。
「……これは、一応アルタリの由緒ある正装なんですが」
ジスが少し気まずそうに言った。
気まずい沈黙の中、リゲルのお腹が大きく「グー」と鳴った。
「エヘヘヘヘ……」リゲルが恥ずかしそうに笑うと、ウェンが明るく言った。
「ほんじゃ、リギー。ディナーに行くとすっか!」
「イェーイ!!」
リゲルとウェンがグータッチしてからガッツポーズをした。
ジスたちはエレベーターで屋上へ向かった。
前夜祭ディナーパーティーということで、来客用の豪華なディナーが準備されており、ジャズバンドが品の良いアップテンポな曲を演奏していた。
「ねぇ、空を見て!」リゲルが声を上げた。
薄暗い夜空に、柔らかく無数のカラフルな光の数々がふわふわと揺れている。
その動きは有機的で、それでいて美しい連続性があった。
「生物発光する海底の生き物たちですよ。その数百万匹ほどの集合体ですね」
ジスがリゲルに説明した。エイカとウェンもその美しさに言葉を失った。
「綺麗ね……」エイカがつぶやく。
「そうだな、綺麗だ」
ウェンはそんなエイカの横顔を見て、静かに言った。
「失礼!」長身で緑のドレスを着た女性が、彼らの前を横切った。
ウェンとエイカは目が合い、微笑み合った。
「お席へご案内します」
ウェイターがそう言って奥へと案内した。
そのときジスはなにか妙な胸騒ぎがした。アルタリの胸騒ぎは人間のそれとは違い、必ず理由がある。
ジスはあたりを見回す。この感じを知っている。これはアルタリが共有している情報で、ジスが自身の経験によって獲得したものではない。つまりかなり古い情報に基づくものだった。
(これはノイズではない……これは『あれ』が発する信号)
もう一度確認するべく付近を歩き回ったが、その信号を捉えることはできなかった。しかし、あれは確かにそうだった。もう消えてしまった。
「ジス? 何してるの? こっちこっち!!」
リゲルが不思議そうな顔で手を振った。
ジスはもう一度あたりを見回して確認した。
「はい、すぐ行きます」
そう言って、何事もなかった様子でテーブルに着いた。
音楽はより快活なリズムを刻み、伸びやかなボーカルがあたりを包み込む。
シェフによって彩られた様々な食事が運ばれ、彼らはそのひとときを心ゆくまで楽しんだ。




