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第壱歌<急>

 紙を真上に投げる男がいる。

 充盈(じゅうえい)流徹(るてつ)

 彼は妖怪との戦いで片目を失った。

 故にこそ、剣技の冴えでそれを補おうとしていた。


 刹那の剣閃。


 紙は見事な人型に刻まれた。


「……まだこんなものでは、奴には勝てぬ」



 流徹は鞍馬山(くらまやま)へと向かった。

 天狗伝説の色濃く残る山の中に、一際大きく開けた場所があった。

 そこに、四(けん)ほどの大きさの巨岩が(そび)える。


「こいつを……木刀で叩き割るまでは帰れぬ」


 それから流徹は明くる日も、更に次も、ひたすら木刀で打ち続けた。

 すぐに木刀は叩きつけられて折れ、岩には傷一つすらつく気配がない。

 この間にも、妖怪による被害は日に日に増えていた。

 その事実が、焦りを流徹の心に生み出していく。

 晴れの日も雨の日も、何度も何度も、木刀を折った。

 そんな時、妙な殺気を雑木林の奥から感じ取った。


何奴(なにやつ)!?」


 高下駄の音がする。

 天狗面の修験者(しゅげんしゃ)姿があった。

 中肉中背の青年だろうか。

 彼は言った。


「よもやその程度の剣術で術を名乗ろうとは、烏滸(おこ)がましい事この上極まりない」


 技のみが取り柄であった彼にはそれは明快な挑発であった。


「き、貴様……!?」

「……未熟」


 天狗面の男は刀も構えずに、跳躍の姿勢をとる。


(わたし)の名は夜叉丸(やしゃまる)(わたし)に一本でも当ててみるが良い」

「木刀であっても、手加減は出来ぬ」

「構わん。当たらぬ剣の心配をする事、其れ(すなは)ち、捕らぬ狸の皮算用也」


 自信満々に語る彼に、流徹は全神経を集中させた。

 森に吹く独特の風が決斗(けっとう)の空気へと変える。


「参る」


 木刀を振りぬき、夜叉丸を切っ先にとらえた。



 それから四半刻(しはんとき)が経過する。

 一発も当てられないことに徐々に焦りと苛立ちを覚える流徹。

 対照的に息一つ切らさずにひたすら剣を避けて跳躍を続ける夜叉丸。


「どうした! 剣の動きが鈍っているぞ! それでは化生(かしょう)の元で(なぶ)り殺しだな!」


 声の元に大きく木刀を振る。しかし、空振り。

 次に、その俊敏な移動を目で捉える。


「どうした! 目に見える物や耳で聴こえる事が全てではない! 感覚を研ぎ澄ませろ!」


 何度か死角から跳躍してくる。

 その度に、流徹は大きくのけぞり尻もちをついた。


「目が見えないことは最大の長所だ。視覚だけに頼るなど、剣士としてはあるまじき者!」


 その言葉を聞いた時、流徹はとある言葉を思い出した。


「――この勾玉を作った者は……おそらく、森羅万象(しんらばんしょう)……にございます」


 森羅万象(しんらばんしょう)に試されている。

 物事を見るのはただ感覚のままに委ねる事では無い。

 思考と感覚を融合させる事だ。

 自分は目や耳を利用しているわけじゃなく、それらに惑わされているのだと、流徹は考え直す。

 夜叉丸の跳躍は確かに驚異的だ。

 しかし、それ故に弱点や克服できないこの世の(ことはり)は存在する。

 答えは、跳躍の先で、刀を構える。

 人間、空中ではどうしようもない。だからこそ跳躍は回避技術でもありながら、大きな隙でもあるのだ。

 目を閉じる、それは迷いになるから。

 耳から意識を逸らす、それは偽りを聞くから。

 無の世界の中で、一筋の糸を見つけた。

 息を整え、一瞬の隙を掴む。


「はあああああああぁぁぁぁぁっ!!」


 縦に一閃。

 木刀は彼のお面を叩き割った。


「……そうだ、それでよい」


 目を見開くと、夜叉丸が消えていた代わりに、巨岩を切っていた。



 球磨(くま)が草木をかき分けて入ってきた。


「何やら物凄い音がしたが、その岩は一体……まさか、流徹様が!?」


 球磨(くま)の驚愕に流徹は意に介さず、岩を優しく撫でる。


「……俺だけの力ではない」

「修験者の霊でも見たのかもしれぬ。それだけの事……」

「であれば、それ以上は問うまい」


 あの者が何者かは分からない。

 だが、それでも、戦いを教えてくれたことには、謝意を表する。

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