第壱歌<破>
鬼一法眼との激闘の末、鞍馬寺へと逃げ帰ってきた。
今尚旅立たんとされている俊則を簡素な布団に寝かせる。
だが、必死に彼は最期の言葉を紡ぐ。
「流徹よ……」
「叔父上!!」
「心して聞くのだ……」
その言葉には、重みがあった。
「今のままでは鬼一法眼には勝てぬ。だが、私の意志を継いで、修行を積むのじゃ」
流徹は復讐心を抑えるのに必死だ。故に適当に返事をしてしまいそうになる。
だが、ここで「はい、はい……」とは言ってはいられない……。
早く仇を討ちたいのはやまやまだが、それでは無駄死にするだけだろう。
「さすれば、奴は必ず倒せる。幸い、奴の技は見切った。それを後で伝授しよう」
「伝授って……どうやって!?」
俊則の服の中に何か光を見た。
「勾玉……!?」
俊則は、天ヶ瀬の峠道での妖怪退治後の小村での事を想起する。
イヴ青葉と名乗った異国然とした装束の女性が静かに語る。
「勾玉には二種類があるのです」
「一種類は、八徳の勾玉。仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」
「もう一種類が、色・慢・瞋・痴・叛・疑・貪・辱から成る。八毒の勾玉というものです」
「今現れた八剣士は後者の勾玉を持った強大な妖怪に過ぎません。確かに彼らは生前、人の世の為に尽くした英霊かもしれません。ですが、何者かが悪意を持って蘇らせ、それを化け物にしてしまったのです」
奇妙な言葉に、俊則は訊ねた。
「生前……? それはどういう意味だ」
「ええ、忍法・魔人転生。魔界から霊魂を呼び出し、それを妖怪や勾玉と掛け合わせ、この世に繋ぎとめる」
「そうして生まれた存在が、魔人……」
「彼らは人間を遥か上回る力を持ち、どんな妖怪よりも高い妖力を秘めている」
「そして、それを倒しうるのは、八徳の勾玉を持つ生きた剣士……彼らのみです」
青葉はそう言うと、俊則に手を差し出させる。
ゆっくりとした、美しい所作で何かを手渡した。
俊則が掌を開くと、そこには紅蓮の炎のように赫々と輝き、仁の文字が浮かび上がる勾玉があった。
「これが……!」
ほのかに温かいそれは、まるで自分を歓迎しているかのような感覚を覚え、少し安堵した。
「全ての力を取り込むわけにはいかぬのか?」
俊則の質問に青葉は落ち着いて答える。
「その勾玉に封じられた力は一つで人間の極限に達するものです。勾玉一つでも、常人には過ぎた力です」
「しかし、世の危機なのだろう!? なんだってそんな事!」
荒げる声に、青葉は手で制止を合図する。
「この勾玉を作った者がそれを望んだのでしょう……」
「この勾玉を……作った者」
青葉の言葉に、俊則は緊張感を露わにする。
「神は人の業には関与しない。それは世の理なる境界線」
「勾玉を作った者はおそらく人を試しているのです。徳と絆が、魔人や毒や妖に負ける様ではこの先続かぬ生命だと」
「この勾玉を作った者は……おそらく、森羅万象……にございます」
森羅万象。
余りにも壮大で、想像がつかなくて、美しい言葉だった。
「それで、私はこの勾玉に呼ばれた戦士という事か?」
「……」
無言。だが意味は分かる。それは肯定では無かった。
「ではなぜ……!」
「道を指し示す剣士として、呼ばれているのでしょう。その勾玉を持っていれば、自ずと使命がわかります」
彼女の寂しそうな声に、何処か引っかかるものを覚えていた。
「八人の剣士を探し出し、八毒の剣士を破るのです。それが、八徳の剣士に選ばれた者達のやらねばならない……使命であり、宿命です」
「それでは! それでは!」
「叔父上はその女狐めに無駄死にさせられたというのか!」
感情を昂らせ、激情を露わにする流徹に、俊則は息を吸った。
「流徹!」
一喝。
「これは、我々だけの戦いではない。天下泰平の為の戦いでもあるのだ。その事を努々忘れるでない!」
「お前の下らぬ復讐や野心は忘れよ! 柳生の剣は天下泰平の剣だ。幕府に仕え、多くの人々を守るための剣を私利私欲や浅ましい個人的な仇などに囚われるな!」
「……江弐参號はお前のものだ。柳生の剣として、その身を捧げるのだ……!」
しばしの沈黙と静寂。
「…………あい分かった!」
最期に感情をぶつけたのが契機になったのか、俊則の声が遠のいていく。
「……嗚呼、無念であった……」
「叔父上!?」
必死に揺さぶるも、返事は無い。
「叔父上!? しっかりしてください!」
目を閉じ、鼓動も聞こえない。
「叔父上ーーーっ!!」
四半刻程涙を流し続け、体中の水が枯れた頃、流徹は勾玉を手に取る。
「叔父上……お守りください」
その時、十万億土の彼方に想いが通じたのか、勾玉が赤く輝く。
そして、膨大な計略や技、情報が直接流徹の心に流れてくる。
「うわああああああああっ!?」
しばしの静寂の間。
流徹は眼前に京を据えて言う。
「――叔父上の無念を晴らす!!」
江弐参號の刀身の煌めきは責任と人類の未来に輝いていた。




