第肆歌<序>
介郎の命は相手に奪われた。
だが、菊三十兵衛は眼前の相手に恨みを感じている訳では無かった。
それは圧倒的な強者に対する尊敬の念だ。
「菊三十兵衛……」
名乗る菊三十兵衛に、相手も敬意を感じてか名乗り返す。
「従五位下、徳川四天王の一角……本多忠勝。いざ尋常に!」
流徹は駆け寄ろうとするも、菊三十兵衛は手でそれを止める。
球磨が頷く。
「これは奴の戦いだ、手出し無用」
菊三十兵衛は自身の力を勾玉に込める。
「失った介郎の想いを、ここに……」
そして、大太刀を振るう。
一撃目は牽制。
蜻蛉切の斬撃を弾き、懐へと潜り込む。
二撃目で必殺を狙う。
「だが、奴は不死だ!」
忠勝の肉体に刃が食い込んだ瞬間、激しく火花を散らす。
攻撃と再生速度の拮抗。
忠の勾玉が緑色に眩く煌めく。
「勾玉の力が……奴の不死性を破ろうとしているのか!!」
徐々に菊三十兵衛の魂がすり減っていく。
息苦しさも感じる。
人魚の丸薬の効果ももうすぐ終わりが近づいてきた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
それでも雄たけびを上げて、菊三十兵衛は刃を振るった。
やがて、その想いが届いたのか、忠勝の肉体をそのまま引き裂いた。
徐々に消えゆく忠勝が、満足げな表情で言う。
「侍は首を取らずとも不手柄なりとも、事の難に臨みて退かず、主君と枕を並べて討死を遂げ、忠節を守るを指して侍という。変わりゆく世相で果たせなかった主君への忠を果たしたがった。ただそれだけだ……」
「だが……海難法師に乗っ取られて魔界に囚われたのだ」
海難法師、伊豆に伝わる豊島忠松という悪代官の霊。
その巨大な霊魂が本多忠勝を縛っていた。
「死にともな、嗚呼死にともな、死にともな、深きご恩の、君を思えば」
水中に消えていく忠勝に一行は合掌した。
「終わったのか……」
菊三十兵衛はその場にへたり込む。
「これ、菊三十兵衛。勾玉を継承したというのに、残心がないぞ」
流徹が軽口をたたく。
だが、人魚の丸薬の効果も限界だ。
一行の意識は、真っ白に途切れる。




