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マヨヒガの仙人

 一行は山中を経由して江戸入りを目指していた。

 木々に囲まれた獣道。

 時には藪をかき分けながら進む。

 そんな中、ガサガサと後ろから音がする。

 しばらく歩いてもその音は同じ距離から鳴っていた。


何奴(なにやつ)!」


 介郎(すけろう)が槍を突きたてる。

 有害な獣や(あやし)であった場合、先手必勝。


 その音源は影のように飛び出し、その槍を(かわ)した。


 正体はボロボロの布を纏い、刃毀れした脇差を持った少年だった。

 村の装飾であろう、黄色く輝く首飾りを下げている。

 その首飾りには勾玉とおなじような形の石があり、そこには(れい)と刻まれていた。


「勾玉の剣士……なのか?」


 問いかけには応じず、少年は刀を振り回して喚く。


「やいやい! オレと勝負しやがれってんだ!」


 菊三十兵衛(きくさんじゅうべえ)が呆れた。


「……なんだこのガキは」

「お主も似たようなものでござるよ」


 介郎はその二人を見て穏やかに言う。


「俺様はこんな好戦的じゃねえ!」


 流徹(るてつ)は出会った時の事を思い出す。


「どうだかな」


 球磨(くま)が冷静に説明する。


「幕府に帰順しないという理由で迫害されたサンカという一族だろう」

「まさか生き残りがいたとは……」


 少年は刀を構えて威嚇する。


「……オレ達の家族のように殺すのか……? やれるものならやってみろ!」


 流徹は手で払う仕草をして言った。


「……悪いな、俺達はそんな悠長にしている時間はない」


 球磨がそこに割って入る。


「だが、勾玉を持っているぞ。どうする……」


 流徹は面倒くさそうに言う。


「勾玉の事が気になるなら力づくで奪うしかあるまい」


 少年はその言葉に、首飾りを強く握りしめる。


「お、おい、俺様の……家族の形見を奪おうってのか!!」

「悪い事は言わん、それを差し出してくれたら此方は何もせぬ」


 球磨が優しく近寄るも、少年は逃げ出す。


「……」


「気に入ったぜ」


 菊三十兵衛が突然大声を出した。


「なあガキ、一緒についてこないか?」

「ガキじゃねえ! トゲイって名前があるんだ!」

「わかったよトゲイ。で、どうだ?」


 トゲイは一拍置いて言った。


「……オレをなめてるのか!?」


 威嚇するトゲイに、菊三十兵衛は豪快に笑う。


「気に入った! アッハッハッハ。コイツはおもしれえぞ!」


 菊三十兵衛はトゲイの頭をポンポンと叩く。

 トゲイは刀を振り回すもそれを軽く回避する。


「好きにしろ……」


 面倒な事が一つ増えたと、流徹は考えながら進む。



 再び森の中に霧が濃くなってきた。

 徐々に視界が狭まり、前後さえも分からなくなっていく。


 ふと、目の前に木造の屋敷が目に入った。


「こんな人里離れた所に屋敷……だと!?」


 山小屋と言うには大きい。

 その奇妙な出で立ちからは軽い妖気すらも感じられた。


「マヨヒガだろう。伝説にある、幻の屋敷だ。実在するとはな……」


 球磨の言葉に、流徹は即座に刀を抜く。


「各自、警戒を怠るな。魔人のせいやもしれぬ」



 その小屋からは一人の人影が出てきた。

 異国然としており、奇妙な雰囲気を醸し出す女性。

 その姿は見覚えがある。

 そして、勾玉を介して柳生(やぎゅう)俊則(としのり)の記憶からその名を呼ぶ。


「イヴ青葉(あおば)!!」


 勾玉の事を教えてくれた女性だ。



 武家屋敷と見紛う程の規模の屋敷。

 その中で一行は彼女の話を聞く事となった。

 これまでの顛末の話をし、それから、これからの話をせねばならぬと、流徹は不思議な感覚で察していた。


「おそらく、魔人の八剣士の頭目科戸河(しなとがわ)(みなと)……正体は天草(あまくさ)四郎(しろう)時貞(ときさだ)……」


 天草四郎時貞。

 かつて幕府と対立し、原城(はるのじょう)を本拠地に乱を起こし、女子供含めそのほとんどが虐殺された。

 その反乱の首謀者とされていた男だ。

 名は後世にまで語り継がれ、今も知る人が多い。


「だが、今なぜそれを……」


 流徹が震える声で問う。

 答えは薄々わかっていた。


「私はかつて天草の一味を敵として断罪した者の生き残りでございます」


 その回答に、空気が変わる。


「昔は今よりも多くの魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)しておりました」

「その時、立ち上がったのが、島原に集う者達だったのです」

「そして、彼らは不思議な伴天連(ばてれん)忍法を高める研究をしていたのです」

「やがて、魑魅魍魎を討伐し、人々から称賛されました」


 お茶を飲み込むと、再び続ける。


「ですが、彼らは力をつけすぎていったのです」

「幕府はその力を魑魅魍魎と重ね、自分たちに向かう事を恐れたのです」

「そして、対処することを決めたのです」


 その青葉の言葉に流徹は呆れる。


「酷いな……連中が腹を立てるのも仕方ないだろう」


 それでも青葉の表情は変わらない。


「私も辛かったのです」

「だから私は仙術を使い、現世に残ったのです」


 そして、一拍を置く。


「予見通り、彼らは帰ってきた。だが、それによって彼らは人としての心を失った……」

「我々は彼らに殺されても文句は言えません」

「ですが、あなた方に罪はありません。故に、勾玉の力の事を教えました」


 そして、空気が重苦しくなる。


「一つお伝えせねばいけないことがあります」


 皆は耳を傾ける。


「勾玉の力にも限界はあります」

「それは、あと一度月が満ちて欠ける頃……その頃には、その勾玉は力を失ってしまいます」


 刻限。

 一行に課せられた残酷な現実であった。


「現在、彼らは江戸へと向かっています。おそらく、幕府への復讐のため……」

「一刻も早く江戸へ向かってください……。このままでは、無関係の人が大勢死ぬ事となります」

「ですが……流徹さん、貴方にはまだ迷いがありますね?」


 かつての英雄を斬る事。

 それは、薄々感じていた違和感であった。

 魔人とは言え元は人間であった。


「……」


「では、ここで修業していきなさい」



 流徹はマヨヒガの中で瞑想をする事となった。

 彼の視界は暗黒の中に落ちていき、徐々に白黒の竹林へと誘われた。


 自分の手を見ると、普段とは違うものであったことに気づく。


「これは……」


 刀を見る、胸元を見る。

 刀には薔薇の紋様が刻まれ、胸元からは十字架が下げられていた。


 そこで、数多の妖怪が語り掛けてくる。


狡兔(こうと)死して良狗(りょうく)()らる」

「平穏の世に英雄などは不要だ」


 自らの手は勝手に妖怪を斬っていく。


「修羅の地獄で待っているぞ!」

「戦いに生き、戦いに死ぬは生者の本望ではないか!」


 徐々にその妖怪たちは形を変え、人間の姿へとなっていく。


 ……それは黒い流徹の姿であった。


「お主を斬るのは……人間じゃ!」


 その頃に、自分の姿は元の流徹へと戻っており、気が付くと燃える江戸城の中にいた。


「これはお主の末路じゃ」

「かつて英雄と祭り上げられた男は力を恐れられ、断罪された」

「故に、同じ末路を辿ろうとしておるお主に忠告に来たのだ」

「この戦いで何を得る、何を掴むのだ」


 流徹はただ言う。


「何も掴まぬ」


 刀が震える。


「では、戦いの地にてそのまま果てよ」


 黒い流徹の亡霊は刀を構えて突っ込んでくる。

 そこで流徹は刀を収めた。

 そして、何かを唱える。


「お主は成仏致せ……喝!!」


 流徹は印を結んで吠える。

 すると、亡霊が消え、青空が広がった。

 後ろを見ると、マヨヒガや森林も消え、一面は草原であった。


 ただ一言。


「……剣の迷いが晴れたのですね……」


 微かにイヴ青葉の声が聞こえた。

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