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番外編 そして家族になる日 ④

 セルヴィの屋敷の応接間にいるのは絶縁したはずの父。私と二人きりだ。気まずさもここまで極まるといっそ笑えてくる。この人と正面切って言葉を交わすことなど、果ての国に追放される以前からなかったというのに。


「えっと……お父様、ではなくて、フォリオ子爵におかれましてはご機嫌麗しく……?」


 沈黙。相づちさえない。絶縁してるので「お父様」と呼べないのを失念していた。昔からこの人が同じ空間にいると、山の上にいるような空気の薄さになる。

 父がセルヴィに挨拶──というより謝罪──をしたいと申し出て、この場が設けられたのだ。彼も本来は同席するはずだったのだが、領主の仕事に手を取られてまだ遅れている。

 お茶の支度にかこつけて席を外したアベロに、早く戻ってきてほしかった。


「先日、国王に果ての国の領主から結婚の許しを乞う書状が届いた」

「はい」

「彼に浮ついた噂などなかったし、嫁入りしたい令嬢は数知れず。王家のご息女を嫁がせようかとも考えていた王は大変驚かれていたよ」

「はい」

「あろうことかお相手は平民で、名をユウナというらしいじゃないか。自分の娘だった人間とよく似た名だ」

「…………」


 止まらない嫌味、止まらない貧乏ゆすり。その語り口が自分のものとそっくりなことに、認めたくはないが気づかされる。父と娘なのだと。

 見た目は幸いにも母に似て、口調も努めて母に似せてきたつもりだが、中身まで寄せることだけはどうしてもできなかった。それだけが、今も心残りだ。


「しょぼくれた顔で王から『おめでとう』と言われた側近の気持ちがわかるか?」

「ご愁傷様ですとしか」

「そうだろうなあ、どうせお前のことだからなーんにも考えていない。貴族の結婚を舐めすぎだ」


 実はこちらから求婚していたみたいで……などと言ったら、この人はどうなるんだろう。ソファから転げ落ちるだろうか。見てみたいものだと考えていると、紅茶を運んできたアベロが部屋に戻ってきた。

 父はよほど気が立っていたのか、出された紅茶を一息に飲み干す。そして、ばん、と一枚の紙をテーブルに叩きつけた。王家の印が押された書状だ。

 書かれていた内容は──恩赦により、私はフォリオ家に戻ることが許されるというもの。


「弟を手にかけた私が……?」

「ふん、我が王は臣下の事情も知らぬ愚か者ではないわ」


 信じられなかった。それが事実だとすれば、腑に落ちないことがひとつ残るからだ。この人がわざわざ縁を切り、この国へ追放した理由はなんだというのか。


「お前は本当に貴族という生き物に向いていない。マルシャートの(せがれ)……いや、くだらんしがらみから逃がしてやったというのに」

「申し訳ございません、フォリオ子爵」


 大仰なため息をつかれたところで、セルヴィが戻ってきた。ソファから急いで立ち上がった父は深々と頭を下げる。


「この度は不束な娘が迷惑をかけた。無理を言って身元引受人にまでなってもらったというのに。まさかこんなことになるとは」

「いいえ、フォリオ子爵。私のほうこそ急いでいたとはいえ、あなたにお許しをいただく前に王へ書状を送ってしまいました」


 セルヴィもまた深く頭を下げ、真っ直ぐに父へ言葉を返す。


「ですが、必ずユウナを守ると誓います。お許しいただけますか?」


 ひたむきな態度に、あの捻くれ者の毒気も抜けているように見えた。父は歩み寄り、義理の息子となる彼の片方の肩をそっと抱く。


「持参金もろくに用意できないが、どうか自分の父とだ思ってくれ。オブセルヴィ」

「ユウナを果ての国に、私のもとに導いてくださったことを感謝します。父上」


 アベロはハンカチで目元を拭っている。二人だけの世界についていけなくて扉のほうへ目をやると、真っ白な髪がひょこひょこと動いているのが見えた。


「レイ」


 名前を呼ぶと、レイは顔だけを覗かせた。はじめて会う私の父親を警戒しているのか、部屋に入ってこようとしない。

 セルヴィと父にはまだ積もる話もあるだろうし、邪魔者は退散してあの子と魔力の特訓でもしよう。そう決めて、入り口でもじもじしている子のもとへ向かおうとした。


「待て、ユウナ」


 父に名前を呼ばれるのがあまりに久しぶりで、自分が呼ばれたことに気づけなかった。そういえばこの子のことをどう説明したものか──振り返ったまま、しばらく黙り込んでしまう。それが悪手だった。

 父が突然笑い出したのだ。これは尋常ではない。アベロも異変を察したのだろう、レイの手を引いて足早に部屋から離れようとする。


「お父様?」

「なるほど、なるほど、急いでいたとはそういう……ユウナ、そこに座れ。オブセルヴィ、お前もだ」


 二人並んで父の正面のソファに腰を下ろす。いまだ笑いの止まらない人間に嫌な予感しかしない。アベロがバタンと扉を閉め、その音を合図に笑いがぴたりと止んだ。そして──。




「順序も守れんのか、お前たちは!」




 天まで届く怒鳴り声に屋敷の天井が揺れた。気がした。




♢♢♢




 とんだ大目玉である。私がしどろもどろでレイの素性を説明している横で、なぜかセルヴィは終始にこにこしていた。「父に怒られるなんていつぶりだろう」などと言っていたが、何がそこまで嬉しいのか理解に苦しむ。やはり彼には被虐癖があるのかもしれない。

 誤解が解けたあとは、父も不器用ながらレイと打ち解けていた。一緒にトランプをしたり、魔力訓練に付き合ったりするくらいには。

 帰り際、次は結婚式のときに来ると言い残した彼に、もう来なくていいとは言えなかった。また怒られるのはごめんだ。

 二度と会えないと思っていたときは寂しかったのに、いつでも会えるとなると今度は煩わしくなってしまうのだから勝手なものである。


「それが家族というものですかね」


 とんとん拍子にセルヴィとの結婚が決まってから、二人とも彼の屋敷で暮らすようになった。子ども部屋でレイを寝かしつけながら、ふと考えてしまうことがある。


「むぇ……ぷりん、いっぱいやぁ……」


 こぼれ落ちてしまいそうなよだれを指先で拭ってやる。私はレイと家族になりたい。セルヴィだって、きっとそう思ってくれているはずだ。でも、幼い子どもの「一緒にいたい」という気持ちが、私のものと同じかどうかはわからない。


「おねえちゃん……おにいちゃん……あげ……」


 お姉ちゃんとお兄ちゃんから、お母さんとお父さんになること。それをこの子は望んでくれるだろうか。もし望んでくれたなら、きっとそれ以上の幸せはない。

 そんな日が来ることを願いながら、むにゃむにゃと呟くレイの隣でそっと目を閉じる。窓から差し込む淡い月の光が、幼い寝顔を優しく照らしていた。

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