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番外編 そして家族になる日 ⑤

 父の襲来から、はや数ヶ月が経とうとしていた。アベロの手を借りながら、私も少しずつランテルノ家の人間としてセルヴィを支えられるように……などと嘯いてみるものの、正直まだ怪しい。


「レイ、日差しが強いので帽子かぶってくださいね」

「はぁい」


 住むところがあの小さな屋敷からセルヴィの屋敷に変わっても、私とレイの日常は変わらない。朝はレイと恒例の土いじりだ。

 アネモネが咲き誇る中庭の片隅に、アベロがレイ専用の家庭菜園をこしらえてくれた。気合が入りすぎたらしく、設備の立派な農場みたいになっている。

 座り込むレイの背中とサイズの大きすぎる麦わら帽子しか見えないけれど、きっと魔導カメラで野菜の写真を撮っているのだろう。それを見せに私のもとへ戻ってきたレイは、急に素朴な疑問を投げかけてくる。


「お姉ちゃん、僕ら前のお家にはもう帰らへんの?」

「そうですね。ここに住むことになったので……」


 わずかな間があいた。まっすぐな金色の瞳がじっとこちらを見つめてくる。これはまずい。


「なんで?」


 こてんと首を傾げるレイは可愛らしいが、ここから始まる猛攻に私は耐えなければならない。時折訪れるレイの質問攻めだ。物事への理解が進むにつれて疑問も増える。それは成長の証なのだが、説明下手な私には少々こたえる。

 とはいえ、そろそろレイにも私とセルヴィのことをきちんと話す良い機会なのかもしれない。


「お兄ちゃんのお家には住まれへんって言ってたやん」

「えっと、私とセルヴィが結婚したから、一緒のお家にいられるようになったんですよ」

「ふうん。結婚ってなんなん?」


 子どもの問いをつい避けたくなるのは、大人が普段当たり前として片付けている本質に容赦なく切り込んでくるからかもしれない。しかし、ここで逃げ出すのはランテルノの名折れだ。必死に頭を巡らせる。


「結婚……っていうのは、ずっと一緒にいたい人といること、です」


 どうだろう、我ながらうまく説明できたのではないだろうか。つい調子に乗った私がレイのほうを見ると、彼もまた無垢な目をきらきらと輝かせていた。


「じゃあ、僕もお姉ちゃんと結婚するわぁ!」

「ええ!? それは無理ですよ」

「いーやーやっ! お姉ちゃんと結婚したいーっ、お兄ちゃんだけずるいーっ!」


 ずっと一緒にいたいなら結婚できる。そう素直に受け取ってしまったらしい。「大人にならないと無理なんです」と言いかけるが、そういう問題でもない。ああ、どう説明すればいいものか。


「レイ、ユウナを困らせてはいけないよ」

「お兄ちゃん!」


 地面に転がって駄々をこねていたレイを抱き起こし、セルヴィは彼の隣に腰を下ろす。


「結婚というのは、お互いが大切な一人を選んで生涯を共にすると誓い合うことだ。私にとってそれはユウナだし、ユウナにとっては私なんだ」


 さすがはセルヴィ。ここぞという時の言葉選びは本当に上手な人だ。時折、行動でしか示してこないからややこしくなるときもあるけれど。

 レイはセルヴィの話を聞いて納得するどころか悲しげな顔をする。


「また僕のこと除け者にするん……」


 旅の途中でレイが輝石病かもしれないと彼に相談した、あの日。レイには内緒なんだとセルヴィが伝えたら、自分だけ除け者にされたと怒っていたっけ。


「違うよ、レイは私とユウナ、二人にとって一緒にいたい大切な人なんだ。だからね──君と家族になりたい」


 宝物みたいにセルヴィはレイを抱き上げる。ゆっくりと、目線を合わせながら、想いを紡いでいく。彼もまた、私と同じでレイとの未来を考えてくれていたのだ。


「家族?」

「そう、私たちはレイのお父さんとお母さんになりたいんだ」

「僕、お父さんが二人になるん?」

「私も君を守るお父さんになってみせるから……いつか、父と呼んでくれたら嬉しい」


 セルヴィはレイをそっと地面におろした。顔をぱっと明るくして笑ったレイだったが、すぐにうつむいてしまう。ぼそぼそと何かを呟いているが、まるで聞き取れない。


「レイ、どうしたんです?」

「みんな笑うやんっ」


 レイはそれだけ言い残して、畑のほうへ駆け出した。セルヴィと顔を見合わせる。二人して笑ってはいけないのに、そう思えば思うほど耐えられなかった。

 私のことをうっかり「お母さん」と呼んでしまい、それをミルダとシャウロにからかわれた、あの出来事がよほど恥ずかしかったのだろう。


「お母さんなんて、なんだかくすぐったいですね」

「呼ばれたら……ユウナ、泣いてしまうんじゃないか?」

「泣きませんよ」


 すぐ余計なことを言うのだから。罰として、セルヴィの肩を軽く小突いておいた。やがて野菜に水をやっていたレイが、くるりと振り返って私たちを呼ぶ。弾んだ、とびきり大きな声で──。




「お父さーん! お母さーん!」




「ほら、やっぱり私の言った通りじゃないか」


 堪える間もなく視界が涙で滲んでしまい、何も言い返せない。待ちわびていた「いつか」がこんなに早く訪れるなんて、思ってもみなかった。

 涙を止めることができない私の頬に添えられた大きな手のひらと、重なるセルヴィの唇がどこまでも優しくて温かい。


「あーっ! ちゅーしたぁ!」


 こちらへ駆け寄ってくるレイの足音が聞こえてくる。あの子を抱きしめようと腕を広げて待つセルヴィ。──ああ、きっと、これが。私の願った幸せの景色に違いなかった。

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