第53話 最果て凹凹晩ごはん ⑥
「ユウナ? 何を言ってるんだ……?」
泉の底でトクサが話していたレイの過去を知らないのだから、セルヴィが驚くのも無理はない。
「レイの魔法は、願いを叶える魔法なんです」
彼は驚きのあまり言葉を失っている。願いを叶える魔法など、使い手がいるかいないかという規格外の力だ。運命そのものを書き換えてしまう力。世界中の魔法師を統べるという魔法省もその使用を固く禁じている。
そんな御伽話じみた魔法をレイが操るなんて信じられるはずもない。だが、その力が紛れもなく本物であることはすでに証明されている。
「なるほどねぇ。誰のでもいいからレイが願いを叶えりゃ、暴走も収まるってわけかい」
「あらヤダ、迷っちゃうわね!」
ミルダとシャウロも気にかけて、そばにきてくれた。私が賭けた起死回生の一手をミルダはすぐに察してくれる。一方、願いを叶えるという商人にとって夢のような力を前に、シャウロは浮き足立っていた。
「このお子ちゃまが叶えるんだ。ろくでもない願いなら聞いてくれやしないよ」
なにも心配などいらない。レイは自分のためだけに願いを使わせたりしないし、嫌なことは嫌だとはっきり言える子だ。あのネレアラを前にしてさえ、そうだったのだから。
叶えたい願いを、救いたい相手を──この子はちゃんと選び取れる。
「お願い、聞いてくれますか?」
「うん! 僕がぜーんぶ叶えたる!」
この子を信じて、握っていた手をそっと離す。魔力の暴走はまだ収まる気配を見せなかったが、ひどくなる様子もなかった。
「ミルダ。僕の手、にぎってくれへん?」
促されるまま、ミルダはその手を握った。ずっと心に秘めていた願いを彼女は口にする。
「ウチはね、魔力がほしい。盗賊が聖女なんて笑い話だけどさ……器だけはあるみたいなんだ。輝石病に苦しんでる連中を、助けたいんだよ」
未来の聖女は照れくさそうに頬を掻いた。金の瞳の輝きが増したかと思うと、彼女の体から力がほとばしる。魔力は赤いリコリスの形をとり、私たちを包み込んでいく。凄まじい勢いなのにどこか温かい、ミルダらしい魔力だ。
互いの体が光っているのがおかしいのか、二人は膝を叩いて笑い合っていた。
「シャウロさん」
次はシャウロだ。伸ばされた手に、意思の強い商人はぱちんと片目をつぶってみせただけ。
「迷ったけどね……あたしはいいわ。夢は自分の力で叶えたいの。だから領主様に譲ってあげる! あたしの分で二倍になるんだから、感謝しなさいよね?」
肩にある人形を揺らすと、レイは力強くうなずいた。人形が指し示す──セルヴィの方へ体を向ける。
だが、彼の指先は伸びてきた小さな手の前で止まってしまった。
「……私も、叶えてもらわなくていい」
ただただ首を横にしか振らない。彼が拒絶したことに、ミルダとシャウロは目を見合わせる。心配が裏返って、口々に文句を並べ立てていた。
「嘘つくんじゃないよ、セルヴィ!」
「ちょっと、あたしの決め台詞は!? 無駄にしないでよ、領主様!」
果ての国を救いたい一心で、ここまで歩んできた人だ。この場の誰もが知っている。レイの力を疑っている風でもない。彼はまた思い悩んでいるに違いなかった。
「セルヴィ、どうしてなんです?」
「私は……父のようにバーナルリーモを滅ぼすわけにはいかない」
人工的に生み出された魔石は国に繁栄をもたらしたが、やがて輝石病がそれを蝕んでいった。欲に溺れた先代領主、彼の父が招いた過ち。その顛末をセルヴィはずっとそばで見てきた。
願いはいつか歪み、欲望が国を呑み込んでいく。その光景を誰よりも近くで見てきた彼は、自分の願いを恐れずにいられない。
でも、彼なら大丈夫だ。それは胸を張って言える。迷うけれど、決して立ち止まったままでいる人ではないから。
彼自身が、レイの手をとってくれるように言葉を紡いだ。
「セルヴィなら大丈夫です。みんなも、私も、信じていますから」
私は、と言い淀んで視線を落としてしまう。でも、その先を待った。かつて彼が私の言葉を待ち続けてくれた、あの時みたいに。
やがてセルヴィは迷いを振り切って、彼を待ちわびていた手を握った。その目には小さな決意の灯火が宿っている。レイもまた精一杯の力で握り返していた。
「レイ、果ての国ではもう誰も犠牲にならない。病で明日が来ないことに怯えなくていい。朝も昼も、夜だって、皆が外に出て笑っていられる——そんな国にしたい。いや、してみせるよ」
領主としての誓いにも似た願いを聞いた瞬間、レイの体を包む光が一段と強さを増した。この地全体を覆い尽くすほどの輝きが満ちていく。もはや目を開けていられないほどだった。
「お姉ちゃんは?」
「私の願いは変わりません。みんなと一緒にいたいんです、この果ての国で」
彼はとうに知っていたはずだろうけれど、それでも言いたかった。何度でも言葉にしたかった。レイは満面の笑みでうん、と応えてくれる。
願いを口にしていないのは、あと一人。私はその子に問いかけた。
「レイの願いは、なんです?」
「え?」
まさか自分の願いを尋ねられるとは思っていなかったのだろう。彼の願いが聞きたい。それを叶えてやるのは、もちろん私だ。父であるトクサの分まで。
「僕? 僕はなぁ……」
世界が白くなって、閉じた瞼の裏に三人の家族の姿が浮かび上がってきた。ハクオウとユウガオ、そしてトクサがいる。サクラの木の下で、三人が美味しそうにオニギリを頬張っていた。
私たちもまるまると太ろう。幸せを飽きるほど食べて——。




