第45話 再誕の桜茶 ⑦
「スゴロクめっちゃ楽しいわぁ!」
「お前には商売の才能があるのかもしれんのう」
盤上には色とりどりのマスが広がり、私たちはその上を一喜一憂しながら進んでいた。スゴロクは職業を手に入れてサイコロを振り、資産を積み上げながらゴールを目指すシンプルなゲームだ。
レイは序盤から圧巻の強さだった。サイコロを握るたびに幸運を引き寄せ、はちきれんばかりの笑顔で盤上を駆け抜けていく。ハクオウもそれに続いていた。あの老人、レイの影に隠れて着実に稼いでいる。食えない人物だ。
「開拓地送りだけは……開拓地送りだけは……」
「自分の人生と重なりすぎじゃないかい?」
二人と一体どこで差がついたのか。無職のまま膨らみ続ける借金に追い詰められ、私のコマは詰みかけていた。
逆転を賭けたラストチャンス。頼むから「六」を出してくれ──祈りを込めて振ったサイコロが、カツンと音を立てて止まる。白い面に刻まれていたのは無情にも「五」の目だった。
「お姉ちゃんがどこに行っても、僕は一緒におるよ!」
優しすぎる言葉だが現実は容赦ない。しかし、まだミルダがいる。彼女も借金を抱えている……はずなのだが、表情に切迫感がない。むしろどこか楽しんでいる。本人曰く、このヒリツキがたまんないね、とのこと。
「安心しな、ウチも地獄の果てだって付き合うよ」
ミルダがサイコロを手に取る。盤上を転がり、ゆるやかに回転を落として静止。彼女の運命を決める数字がゆっくりと上を向いた。
「っしゃーーー!!」
「嘘でしょう!?」
見事な六。ミルダは雄叫びとともにゴールへ飛び込んだ。私は力が抜けてそのまま盤上に突っ伏しそうになる。借金で開拓地送りとなり最下位になったのは私。完膚なきまでの敗北だ。
「もう一回しよ、もう一回! 僕、次は写真家になりたい!」
「お前ならなににでもなれるさ」
「スゴロク以外にしましょう……」
盤を片付ける気配など欠片もなく、レイはサイコロを握りしめたまま熱く語り続ける。笑顔を浮かべて聞き役に徹する大人たちだったが、全員「そろそろ休みたい」という本音までは隠しきれていない。子どものもう一回は底なしだ。
「そろそろ晩飯の準備でもするかね」
「じゃあ、私は飲み物をお持ちします」
「すまんのう」
「ぼく、甘いのがいいー!」
テーブルの上には紙幣とコマ、サイコロが散らばったまま、片付ける気力は誰にもなかった。とはいえ、周囲の見回りに出たセルヴィたちが戻る前に片付けておかないと。窓の外はすっかりオレンジ色だった。
ミルダが部屋の扉を開ける。彼女からひぇという短い悲鳴が上がった。
「ミルダ? どうかしたんです?」
後ろをついていっていた私に見えたのは──仁王立ちしているセルヴィだった。腕を組み、無表情のままこちらを見下ろしている。
ミルダが逃げ出そうとしていた。させるわけがない。私は脊髄反射でその腕を掴んだ。
「地獄の果てまで付き合ってくれるんですよね、ね!?」
「まだくたばるわけにはいかないんだよ、ウチは!」
ミルダはするりと手を抜き、羽のような身軽さでセルヴィの脇をすり抜けていく。逃げ場を失った私だけが取り残された。
綺麗な人の無表情というのは、それだけで圧があるものだ。沈黙が重すぎる。何か、何か言ってこの場を凌がなければ。
「お、お帰りなさい……」
「他に言うことは?」
「た、楽しかったです」
「他 に 言 う こ と は?」
セルヴィの手が私の頬を捕らえ、容赦なく引き伸ばした。彼はまったく力を緩めてくれない。レイの頬みたいに伸びない、私のは!
「いひゃい! いひゃいれす!」
私の声を聞きつけてレイが顔をのぞかせた。セルヴィの姿を見つけるなり表情をぱっと輝かせたが、当の彼は眉間の皺をひとつも解かない。
「レイ。休んでいるように私は言ったはずだが?」
「だってぇ、遊びたかったんやもん」
レイはごめんなさいとばかりに首を傾げた。上目遣いで見上げるあの仕草には、誰でも甘やかしたくなる破壊力がある。だがセルヴィは簡単には揺らがない。
短くため息をついて小さな体を抱き上げる。大きな手が額へ触れた。
「……まだ熱い」
遊びすぎて興奮したのか、レイの体温はまた上がってしまっていた。
「わがままを全部聞いてやるのが優しさではないんだぞ」
「わ、わかっています! でも……」
「レイが辛い思いをして悲しむのは誰なんだ?」
「私、です」
返す言葉もない。身勝手な自分の甘さが、ただ申し訳なかった。
「そのくらいにせんか、トクサ。儂がレイとユウガオを誘ったんじゃ」
ハクオウに諭され、セルヴィはレイを抱いたまま部屋へ戻った。廊下には私と彼だけが残される。
「ユウガオ、ひとつ聞きたい。レイは輝石病にかかっておるのか?」
嘘はつけない。レイの唯一の肉親であるハクオウに。一瞬だけ躊躇ったが、それでも正直に口を開いた。
「……はい。今は回復魔法で症状がおさまっています」
「そうか、既に発症しておったんじゃな」
ハクオウの声に怒りはなかった。すでに知っているか、あるいはとうに受け入れていたのか。そんな覚悟の色が、もう何も映すことのできない目に浮かんでいた。
「伝えたいことがある。今宵、レイを連れて桜の木の下まで来てくれんか」
「そう言われましても、外はサクラだらけでは……」
「一際大きい桜だ。あの子ならすぐに見つけられるよ」
ハクオウは体を引きずって歩き去ってしまった。深夜にレイを連れ出すことは一筋縄ではいかない。もし見つかったら今度こそセルヴィに頬を引きちぎられる。どうやって彼の目を盗むか。
うっすらと冷や汗がにじむ手を私はぎゅっと握りしめた。




