表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/59

第45話 再誕の桜茶 ⑦

「スゴロクめっちゃ楽しいわぁ!」

「お前には商売の才能があるのかもしれんのう」


 盤上には色とりどりのマスが広がり、私たちはその上を一喜一憂しながら進んでいた。スゴロクは職業を手に入れてサイコロを振り、資産を積み上げながらゴールを目指すシンプルなゲームだ。

 レイは序盤から圧巻の強さだった。サイコロを握るたびに幸運を引き寄せ、はちきれんばかりの笑顔で盤上を駆け抜けていく。ハクオウもそれに続いていた。あの老人、レイの影に隠れて着実に稼いでいる。食えない人物だ。

 

「開拓地送りだけは……開拓地送りだけは……」

「自分の人生と重なりすぎじゃないかい?」


 二人と一体どこで差がついたのか。無職のまま膨らみ続ける借金に追い詰められ、私のコマは詰みかけていた。

 逆転を賭けたラストチャンス。頼むから「六」を出してくれ──祈りを込めて振ったサイコロが、カツンと音を立てて止まる。白い面に刻まれていたのは無情にも「五」の目だった。


「お姉ちゃんがどこに行っても、僕は一緒におるよ!」


 優しすぎる言葉だが現実は容赦ない。しかし、まだミルダがいる。彼女も借金を抱えている……はずなのだが、表情に切迫感がない。むしろどこか楽しんでいる。本人曰く、このヒリツキがたまんないね、とのこと。


「安心しな、ウチも地獄の果てだって付き合うよ」


 ミルダがサイコロを手に取る。盤上を転がり、ゆるやかに回転を落として静止。彼女の運命を決める数字がゆっくりと上を向いた。


「っしゃーーー!!」

「嘘でしょう!?」


 見事な六。ミルダは雄叫びとともにゴールへ飛び込んだ。私は力が抜けてそのまま盤上に突っ伏しそうになる。借金で開拓地送りとなり最下位になったのは私。完膚なきまでの敗北だ。


「もう一回しよ、もう一回! 僕、次は写真家になりたい!」

「お前ならなににでもなれるさ」

「スゴロク以外にしましょう……」


 盤を片付ける気配など欠片もなく、レイはサイコロを握りしめたまま熱く語り続ける。笑顔を浮かべて聞き役に徹する大人たちだったが、全員「そろそろ休みたい」という本音までは隠しきれていない。子どものもう一回は底なしだ。


「そろそろ晩飯の準備でもするかね」

「じゃあ、私は飲み物をお持ちします」

「すまんのう」

「ぼく、甘いのがいいー!」


 テーブルの上には紙幣とコマ、サイコロが散らばったまま、片付ける気力は誰にもなかった。とはいえ、周囲の見回りに出たセルヴィたちが戻る前に片付けておかないと。窓の外はすっかりオレンジ色だった。

 ミルダが部屋の扉を開ける。彼女からひぇという短い悲鳴が上がった。


「ミルダ? どうかしたんです?」


 後ろをついていっていた私に見えたのは──仁王立ちしているセルヴィだった。腕を組み、無表情のままこちらを見下ろしている。

 ミルダが逃げ出そうとしていた。させるわけがない。私は脊髄反射でその腕を掴んだ。


「地獄の果てまで付き合ってくれるんですよね、ね!?」

「まだくたばるわけにはいかないんだよ、ウチは!」


 ミルダはするりと手を抜き、羽のような身軽さでセルヴィの脇をすり抜けていく。逃げ場を失った私だけが取り残された。

 綺麗な人の無表情というのは、それだけで圧があるものだ。沈黙が重すぎる。何か、何か言ってこの場を凌がなければ。


「お、お帰りなさい……」

「他に言うことは?」

「た、楽しかったです」

「他 に 言 う こ と は?」


 セルヴィの手が私の頬を捕らえ、容赦なく引き伸ばした。彼はまったく力を緩めてくれない。レイの頬みたいに伸びない、私のは!


「いひゃい! いひゃいれす!」


 私の声を聞きつけてレイが顔をのぞかせた。セルヴィの姿を見つけるなり表情をぱっと輝かせたが、当の彼は眉間の皺をひとつも解かない。


「レイ。休んでいるように私は言ったはずだが?」

「だってぇ、遊びたかったんやもん」


 レイはごめんなさいとばかりに首を傾げた。上目遣いで見上げるあの仕草には、誰でも甘やかしたくなる破壊力がある。だがセルヴィは簡単には揺らがない。

 短くため息をついて小さな体を抱き上げる。大きな手が額へ触れた。


「……まだ熱い」


 遊びすぎて興奮したのか、レイの体温はまた上がってしまっていた。


「わがままを全部聞いてやるのが優しさではないんだぞ」

「わ、わかっています! でも……」

「レイが辛い思いをして悲しむのは誰なんだ?」

「私、です」


 返す言葉もない。身勝手な自分の甘さが、ただ申し訳なかった。


「そのくらいにせんか、トクサ。儂がレイとユウガオを誘ったんじゃ」


 ハクオウに諭され、セルヴィはレイを抱いたまま部屋へ戻った。廊下には私と彼だけが残される。


「ユウガオ、ひとつ聞きたい。レイは輝石病にかかっておるのか?」


 嘘はつけない。レイの唯一の肉親であるハクオウに。一瞬だけ躊躇ったが、それでも正直に口を開いた。


「……はい。今は回復魔法で症状がおさまっています」

「そうか、既に発症しておったんじゃな」


 ハクオウの声に怒りはなかった。すでに知っているか、あるいはとうに受け入れていたのか。そんな覚悟の色が、もう何も映すことのできない目に浮かんでいた。


「伝えたいことがある。今宵、レイを連れて桜の木の下まで来てくれんか」

「そう言われましても、外はサクラだらけでは……」

「一際大きい桜だ。あの子ならすぐに見つけられるよ」


 ハクオウは体を引きずって歩き去ってしまった。深夜にレイを連れ出すことは一筋縄ではいかない。もし見つかったら今度こそセルヴィに頬を引きちぎられる。どうやって彼の目を盗むか。

 うっすらと冷や汗がにじむ手を私はぎゅっと握りしめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ