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第4話 旅立ちのお味噌汁 ②

「我がランテルノ家が魔石を速やかに回収する。果ての国ではそういう決まりだ」


 魔石の危険性をお前は誰よりも知っているだろう。そう言われているようだった。


 辺境伯にとってレイの父親の魔石はただの回収対象に過ぎない。それ以上でも、それ以下でもないのだ。


 背後で、レイが小さく息を呑む気配がした。鍋を抱える腕にぐっと力が入っている。この子を不安にさせる全てのものを排除しなければ。


「嫌だと、言ったら?」


 私の言葉に、辺境伯の眉が僅かに動いた。


「ならば、力ずくでも回収させてもらおう」


 辺境伯が右手を前に突き出す。手袋に編み込まれた魔導具から眩い白光の粒子が溢れ出した。


 瞬く間に強固な光の盾が彼の身体の前に広がる。


「へえ、やる気ですか」

「お、お姉ちゃん」


 レイが心配そうに私を見上げた。怯えなくていいように、そっと頭を撫でる。


「大丈夫です、レイ。私は――」


 私は小さく息を吐き、体の奥底に沈んだ魔力を呼び起こす。


 心臓が大きく脈打つ瞬間、私を中心に全方位へ向けて凄まじい魔力が爆発した。


「魔法の腕には自信があります」


 魔力の圧で夜の森の木々が激しくのけ反る。


 地面に転がっていた小石や枯れ葉が、重力を忘れたようにふわりと宙へ浮き上がった。


 張り詰めた空気が周囲の空間をギリギリと圧迫していく。


「なんだ、この魔力は……っ!?」


 辺境伯が冷や汗を滲ませ、思わず一歩身を引いた。光の盾を構える腕が、私の放つ圧だけで微かに震えている。


 私は生まれた時から魔力が多かった。出力の調整だのなんだのという細かいことが壊滅的に下手だったから、扱いは荒削りもいいところだったけれど。


 魔導具などという小物は必要ない。魔法など威力があれば十分。


「踊りましょう、オブセルヴィ様。私、ダンスはとっても下手なんですけれど」


 右手を天へと掲げる。夜空を一筋、白く裂いた。指先から放たれた無数の紫電が、轟音とともに辺境伯に向かう。


「魔導具もなしに、魔法を使うだと!?」


 辺境伯の声が雷鳴にかき消された。


 光の盾に雷撃が突き刺さり、耳をつんざく破砕音が夜を引き裂く。鉄壁を誇るはずの障壁が、ミシ、ミシと不穏な音を立ててひび割れていった。


「足を踏んでも多めに見てください、ねっ!」


 私はさらに魔力を練り上げる。辺境伯は防戦一方のまま、歯を食いしばって冷や汗を流していた。


 激しい風と轟音の渦中で、レイは瞬きを忘れて私の魔法に目をかがやかせた。


「きれい……お祭りの花火みたいや」


 夜闇を切り裂く紫電の光が私とレイを鮮烈に照らし出す。辺境伯の盾が限界を迎え、光の破片が飛び散ろうとした、その時だった。


 ぐうぅぅ〜〜〜……。


 長く、遠慮のないお腹の音。ピリピリと張り詰めていた戦場に、場違いなほど間の抜けた音が響いた。


 私と辺境伯の動きが同時にぴたりと止まる。視線が一斉に音の発生源へ向けられた。


 レイは恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤に染めている。そして鍋の後ろに隠れてもじもじとしながら小さく呟いた。


「……お腹、すかへん?」


 そうだ、愛しいレイがオミソシルを作ってくれていたというのに……この辺境伯のせいで。ごめんなさい、レイ。


 私がため息混じりに言うと、辺境伯も構えていた盾の魔力をそのまま手放していた。


「さっそくご飯にしましょう」

「そうだな。空腹では冷静な議論もできない」


 なぜか当然のように、辺境伯はそのまま私たちの焚き火の前に腰を下ろした。……いや、帰ってもらってどうぞ。


 レイは鍋をぎゅっと抱き直した。


「待っててな、すぐにお味噌汁温め直すから!」


 先ほどまでの緊迫感が嘘のようだった。レイは魔法で小さな火を起こし歪な鉄の鍋を火にかけ直す。小さな手をぱたぱたと動かし、焚き火の勢いを整えていた。


 私は地面にどさりと座り直し、手元に残った酒瓶を眺める。「飲むな、酒は十八から」と目にも止まらない速さで辺境伯に奪われた。なんなんだ、この人。私の国では十六からだ。


「……おい、君」

「何ですか。まだ戦いますか」

「そうではない。私が言いたいのは」


 辺境伯は一度言葉を切り、レイの背中に視線を向けた。哀れみを帯びたその眼差しは、ひどく居心地が悪い。それから私だけに聞こえる声で囁いた。


「彼は、弟君の代わりだとでも言うのか」

「失礼ですね。私はこの子と一緒に行くんです」

「どこへだ」


 私は答える代わりに顔を背けた。アネモネの泉、などと口にすれば、この男は「おとぎ話だ」と一蹴するに決まっている。


 自分でもそう思っているのだから。


「お待たせ! できたで!」


 会話が途切れたタイミングでレイが熱のこもった声を上げた。


 鍋からは香ばしい豆の香りと湯気が白く立ち上っている。この国では決して嗅いだことのない匂いだ。


 レイは木のスープ皿にオミソシルを注ぎ、それを恭しく辺境伯の前に差し出した。


「ほら、おぶせうびお兄ちゃんも食べて?」


 独特な匂いと色をしたスープを前に辺境伯の身体がびくりと固まる。差し出されたオミソシルとレイの無垢な目を交互に見つめ、彼はしばらく何も言えずにいた。

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