第38話 本音のみたらし団子 ⑦
野営の準備も板についてきた私たち。レイは王都でシャウロに買ってもらった白いモコモコしたエプロンを着て、気合いは十二分だ。
ミタラシダンゴ。日向かしの国の料理は名前がいつも耳に馴染まない。甘くないのに甘い、というレイの不思議な説明だけが頭に残っていた。
「お団子ってほんまはお餅で作るんやけど、今回はこれ使うねん!」
「白い、粉です?」
「白玉粉っていうねんで、お姉ちゃん!」
ボウルにシラタマコを入れて、横からセルヴィが生活魔法で水を少しずつ加えていく。レイは手を粉に埋もらせながら捏ね始めた。
「お兄ちゃん、お水多すぎかもやわ」
「すまない、加減が難しいな……」
少しずつと思っていたのに、水が出すぎてしまったらしい。生地がレイの手のひらにべちゃべちゃに張りついてしまっている。
「お姉ちゃん、粉足してくれへん?」
「え? あ、はい、シラタマコですね!」
慌てて白い粉をドバッと足すと、今度は急に生地がボソボソとひび割れてしまった。わああと三人で声を上げながら、粉を足しては水を足し、水を足しては粉を足した。
「耳たぶくらいの硬さになったら、次は丸めてお団子にするねん」
「ずいぶんと硬そうだが、まあ、大丈夫だろう」
私たちの服はすでに真っ白だ。次の工程では手のひらでコロコロと生地を転がし、均等な大きさに揃える。セルヴィと違って、私がどれだけ転がしてもなぜか綺麗な球体になってくれない。火を起こして私たちの様子を見にきたミルダも器用に生地の形を整えだした。
「さすがに下手すぎないかい?」
「くっ……ミルダ、綺麗に成形する魔法でも使っているんです?」
「君が雑すぎるだけだよ、ユウナ」
容赦のないセルヴィの言葉を無視したかったが、言われた通りで悔しい。私とレイが丸めたものは微妙に歪んでいて、不揃いな石みたいだった。個性が大事だから、こういうのは。
真ん中を少しへこませると火が通りやすいんや、とレイが生地を親指で押す。力の入れすぎでペシャンコになってしまっていた。
「……茹でたら形なんて関係あらへんから!」
レイは不揃いな球体たちをぐつぐつと沸騰した鍋へ、一つずつ滑り込ませていく。ぷかぷかと湯の表面に浮かんできたら掬いどきらしい。
「次な、氷水いるねん。ミルダ、だせる?」
「ウチは火だから相性悪いねぇ」
「あら、氷がいるの? あたしに任せなさいよ」
空間魔法を使用しすぎて休んでいたシャウロが口を出してくる。私は鼻で笑った。魔力操作が卓越しているセルヴィならまだしも、私やシャウロのように魔力が高いと少しの魔力で発現する生活魔法なんて使えない。
「あなたの魔力で生活魔法なんて使えるわけないでしょうに、シャウロ。ここはセルヴィに」
「あら、そう?」
器の水の中に、カラカラと涼しげな音を発しながら氷が現れる。直視できない現実に固まっていると、シャウロは勝ち誇った薄笑いを浮かべてきた。お前とは違うとでもいいたげだ。いや、言っているあの顔は。
「私だって、やればできます……ちょっと、ちょっと本気出せば……」
「まちな! 本気だしたら、ここら一帯雪景色になっちまうだろ!」
「止めないで、ミルダ!」
レイが網でそっとすくい上げ、シャウロが用意した氷水に放り込む。するとダンゴたちはキュッと引き締まり、ツヤを放ち始めた。
「これで完成なんです?」
「まだ! あとはみたらし作るねん」
鍋に黒い液体と砂糖、水、そしてシラタマコとは違う白い粉をレイは合わせた。火にかける前にしっかり混ぜていたものの、思った以上に火の通りが早かったのだろう。
レイは慌ててかき混ぜようとするものの、木べらを落としてしまう。手が──上手く動かないんだ。胸が張り裂けそうになっていると、セルヴィが木べらを地面につく前に掴んだ。
「混ぜればいいのか?」
「……うん! お兄ちゃん!」
セルヴィはレイの手ごと木べらを包み込み、ゆっくりとかき混ぜ始めた。円を描くように混ぜて、完成したミタラシ。
人数分の小皿に、大きさがバラバラのダンゴが並んでいく。その上から透明な琥珀色のジェルがとろりとかけられた。
「できた! これが甘いもの苦手なお姉ちゃんも食べれる、白玉みたらし団子やで!」
もうすっかり夜だ。出来立ての美味しさを逃すのはもったいないと、私たちは食事より先に、デザートであるはずのミタラシダンゴを食べることにした。ミルダがスプーンを掲げる。
「みんな揃ったかい? それじゃあ……」
「「「「「いただきます!」」」」」
形は歪だけれど、スプーンで触るともっちりとしているミタラシダンゴ。レイの頬みたいだ。
一口かじると優しい甘さ。それだけでなく、ほのかなしょっぱさも感じる。少しだけスキヤキと似ている気がした。
「お姉ちゃん、どう?」
美味しい、とすぐに返事をしたかった。だが、どれだけ噛んでも団子はモチモチと歯に返ってくる。飲み込めないのだ。喉に詰まったらあかんから、よお噛んでなと、答えられないことをレイもよく分かってくれていた。
「美味しいです。甘さが控えめだから、たくさん食べられます」
きゃあ、とレイは全身で喜んでくれている。口の周りがミタラシでベタベタになっているので濡らしたハンカチで拭いてあげた。
視線を上げると、セルヴィの皿がきれいに空になっていた。私たちがまだ一つ目を食べ終えていないというのに。
「シャウロ、頼みがあるんだが」
「あらん? なぁに、領主様」
シャウロの返事は軽いが、セルヴィに対するとげとげしさはまだ残っていた。セルヴィは銀貨の詰まった袋を差し出し、深く頭を下げる。
「食料を売ってくれないだろうか。あと、旅に必要な物資も……持ち合わせで買えるだけ」
旅を続けると決めてくれた彼の覚悟が下げた頭から感じられる。シャウロは何も言わなかった。袋をじっと見つめているだけで。
セルヴィの優しさに甘えているだけではいけない。私も懐から懐中時計を取り出す。宝石が散りばめられている時計を見て、レイは「綺麗やなあ」と見惚れていた。
弟を産んで逝ってしまった母が唯一遺してくれたもの。大切な人たちのためなら、手放すことだってきっと許してくれるはずだ。
「シャウロ、私もこれ……!」
懐中時計を強く握りしめ、顔を上げるとセルヴィが視界から消えた。何が起きたのか理解するより、彼は地面をもの凄い勢いで転がっていく。額から煙を上げて悶絶していた。同じくシャウロも指先から煙を出している。
これはシャウロの──本気のデコピン!?
「ユウナ? その懐中時計、なぁに?」
「えーっと」
「ま・さ・か、あたしから物を買うために渡そうとしてきているわけじゃないわよねぇ?」
ギギギと不気味な人形のように顔を傾け、にこりと笑うシャウロ。その作り物の笑顔が怖すぎて、私は思わずレイに抱きついた。
「あんたも領主様みたいになりたくなかったら……それ、戻しなさいな」
「は、はいっ!」
慌てて懐中時計をしまい込む。シャウロは受け取った袋を、倒れたままのセルヴィの胸元へ放り返した。
「売るわけないじゃない、愚かね」
「君っ……流石にこの仕打ちは、やり過ぎだろう!?」
「ふんっ、どうせ自分が頭を下げればあたしが物を売ってくれるとか思ったんでしょ。違う?」
セルヴィはやっと立ち上がり、涙目で抗議する。しかし、見事に自分の考えを言い当てられて黙り込んでしまった。
シャウロは前髪をかき上げる。呆れきった吐息と一緒に。そして肩に乗せている人形を掴み、セルヴィの鼻先に突きつけた。
「領主様、あたしはね。恩人から金取るほど落ちぶれてないの」
シャウロの真意がわからない。セルヴィも途方に暮れていた。金は取らない、でも物は売らない。
「……どういうことです?」
「ついて行くって言ってんだよ。シャウロ、ほんと素直じゃないよねぇ」
ミルダに肘で突かれ、シャウロは顔を横に向けている。さすがに私でも照れているのがわかった。
「じゃあ、ウチもついてこっかなー。レイの飯、また食べたいし」
旅に同行してくれるのが嬉しいのか、レイはくるくると二人の周りをスキップしている。
「何よ、文句ある?」
「いや……ありがとう。とても心強いよ」
迷わずにセルヴィは手を差し出した。シャウロは一瞬だけ視線を逸らしたが、やがてその手を力強く握り返す。
ゆらめく焚き火が二人の姿を温かく照らしていた。




