第37話 本音のみたらし団子 ⑥
「話してくれてありがとう、ユウナ」
セルヴィは私の手をとった。一滴の勇気を彼は大事に受け取ってくれる。私の手を自分の額へ導き、セルヴィは祈るように目を閉じた。
「進もう、アネモネの泉へ。私が君たちの旅路を守る盾となるよ」
そっと私の涙を指で拭い、セルヴィは柔らかく微笑んでくれる。この人と一緒でよかった。自分の声が誰かに届くことが、こんなに幸せだとは思わなかった。
どこへでも、まだ見ぬアネモネの泉にさえ必ず行ける──彼となら。
♢♢♢
「物資、どうしましょう……私たち素寒貧ですよね」
セルヴィはすぐに戻ろうとはせず、私が落ち着くまでそばにいてくれた。旅を続けると決めたものの、今日の食料すらない現実が押し寄せてくる。
「気にしなくていいだろう。誠意をもって頭を下げればシャウロも物を売ってくれる……それに」
「それに?」
セルヴィはにっこりと自信に満ちた笑顔を浮かべた。この表情、私は知っている。私とレイが彼を追いかけていた時のこと。
「いざとなればハテノダケがあるじゃないか。塩漬けにしたらなんでも食べられるんだろう?」
笑わずにはいられなかった。まさかセルヴィがあの時の言葉を覚えているなんて!
「お姉ちゃーん! お兄ちゃーん! どこにおるん!?」
「行こう、ユウナ。レイが待っている」
私たち二人はレイを迎えに行って、一緒にミタラシダンゴを作る──はずだった。
今、目の前にいるレイは地面に丸まり、へそを曲げてピクリとも動かない。こうなってしまった以上、私たちにできることは一つしかなかった。
「ミルダ、レイに謝ってください」
「ウチだけ!? シャウロも笑ってたじゃないか」
「あんたほどじゃないわよ。それを言うならきっかけ作ったのは領主様じゃない?」
「私か!?」
三人が責任を押し付け合い、大人気なく騒ぎ始める。私はレイの丸い背中をゆっくりさすりながら、思い返していた。どうしてこうなったのか。
「もうっ! 僕、みたらし団子作るでって言ったやん。二人ともなんでどっか行くん!」
私とセルヴィの前でレイは跳ねながら怒りをあらわにしていた。頬をぱんぱんにして、今にも泣きそうな顔で凄んでいる。
どうやら必死に探し回っていたらしく、草の葉が彼の至るところについていた。レイはセルヴィの足元をぽこぽこぽことリズム良く叩く。
「ごめんなさい、セルヴィと少し話をしていたんです」
「ふぅん。なんのお話してたん?」
「すまないが、二人だけの秘密なんだ」
セルヴィはレイの肩に手を置いた。もちろん落ち着かせるためだ。ただ、彼の言葉を聞いた途端にレイは眉を寄せる。不満です、と顔に書いていた。
秘密と言われたことが気に入らないのだろう。理由を求めて延々と「なんで?」が繰り返される。
「なんで? なんで僕には秘密なん?」
「そんなことより。ミタラシダンゴを作りに行こうじゃないか」
「なんで教えてくれへんの!? お兄ちゃんいじわるや!」
むくれた頬がどんどん膨らんでいく。セルヴィは話を逸らそうと笑ってみせるが全然通じなかった。ネレアラさんと一緒や、と叫び出したレイに、誰のことだとセルヴィが困惑していた。
「やっと追いついた! 逃げ足早すぎだよ」
「猫みたいににすばしっこいんだからぁ」
息も絶え絶えな二つの影が近づいてくる。ミルダとシャウロが息を切らしながらレイを追ってきていた。
「……なんかあったの?」
ミルダは口を尖らせているレイを訝しげに見る。
「お兄ちゃんがな、いじわるするねん」
「そんなつもりはないんだが」
レイはすばやく私の足元に逃げ込んで、セルヴィから距離を取った。二人で話していた内容を明かせば誤解は解ける。だからといって、本人に伝えられるはずもない。
どうしようと逡巡していると、堪忍袋の緒が切れたのかレイは声を張り上げた。
「ええもん、お兄ちゃんにはみたらし団子あげへんから! お母さんとだけ食べるもん!」
しん、と空気が凪いだ。遠くで、まもなく訪れる夜を知らせる鳥の鳴き声が聞こえる。
──お母さん?
自分の耳がにわかに信じられなかった。確かめたくて周りを見渡すと、目をぱちぱちさせているのは私だけではない。ミルダもシャウロもセルヴィもまばたきを繰り返している。
どうやら聞き間違いではないようだった。
「あ……ちゃ……ちゃうねん、お姉ちゃん。お口がな、勝手に言うてもうて……」
レイの顔が林檎色になってしまった。自分の意思ではないのだとアピールするように、頬をぺちと叩いている。小さな体がもじもじとさらに小さくなっていった。
これは多分、すごく気まずいに違いない。どう声をかければレイが傷つけずに済むだろうと悩む私の横で、ミルダがのけぞって震え出す。
「ひゃーっ、レイ! ユウナのことお母さんって言ったのかい!? あっはっは!」
「あんた、やめなさいよ。こういう時、本人が一番恥ずかしいんだから。……っふふ」
ミルダだけでなく、シャウロもこらえきれずに吹き出していた。セルヴィは腕を組んでただ見守っている。
とうとう羞恥心の限界を迎えたレイはくるりと丸まり、顔を膝に隠してしまった。
そして今に至る。これはどう考えても三人みんな悪いのでは?
「ああ〜どうしましょう。お、お腹が空いてきましたね〜?」
私は気を引こうと、わざとらしくお腹を押さえてみせた。このままだと日が沈んでもこの子は動かない気がする。
レイは渋々顔だけを上げた。ここまで不機嫌な表情は滅多に見られない。三人をじとっと睨みつけ、まだ怒りが収まっていないことを全身で訴えていた。
「ウチが悪かったって。機嫌直しておくれよぉ」
ミルダは後頭部をがしがしとかきながら謝る。
「ごめんなさい、あんたが可愛くてあたしも調子に乗ったわ」
シャウロは頬に人差し指を当てて、芝居がかった謝罪をした。
レイは少し間を置いてから、こくりと小さくうなずく。許された二人はほっと胸をなでおろした。次はセルヴィの番である。
「すまなかった、レイ。許してもらえるだろうか」
「嫌や。お兄ちゃん、僕だけ除け者にするもん」
すぐに許されないみたいだった。セルヴィは苦笑いをこぼす。迷わずレイをひょいと抱き上げ、目線の高さを合わせた。
レイは拗ねたままそっぽを向くが、それでもセルヴィの目元は優しい。
「除け者になんてしないさ。……君を守ってほしいと、ユウナに頼まれていたんだ。彼女が恥ずかしがるから内緒にしていたんだよ」
「セルヴィ!?」
声が裏返った。知られたくないことは隠せているけれど、そんな余計なことまで話さなくていい!
セルヴィは少しもこちらを見ることなく、素知らぬ顔でレイの背中をぽんぽんと叩いた。
「そうなん?」
見、見ないでほしい。無様に耳まで赤らんだ顔を晒すしかなかった。レイはじっと私を見つめ、それからスン、と納得した顔になった。嘘ではないと伝わったのだろう。
今度は、はにかんだ笑顔でレイはセルヴィに抱きつく。彼の胸元に顔をむぎゅと押しつけていた。さっきまでの怒りはどこに消え失せたのか、弱々しい声で謝り始める。
「ごめんな、お兄ちゃん。みたらし団子あげへんって言って。一緒に食べよ?」
「ああ、そうだな」
セルヴィはふわりと表情を崩した。二人の間にあったわだかまりはすっかり消えている。
……私 は 許 さ な い け れ ど。さきほどのレイを真似て、セルヴィにじとっとした目を向ける。彼は頑なに私から顔を背け続けていた。
「私はどうしたらよかったんだ」
「ご愁傷様ねぇ、領主様」




