第33話 本音のみたらし団子 ②
「お姉ちゃん、お友達?」
「いえ。この人は知り合いだったというか、他人になったというか……」
「酷くない? 俺、ネレアラっていうの。よろしくー!」
口角は上がっていても奥が笑っていない目も、語尾を嫌味ったらしく間延びさせる話し方も。
追放された時から元婚約者様は何も変わっていないようだった。
「ユウナ、大丈夫だったぁ? 果ての国ってなんもないらしいじゃん、よく生きてたねぇ」
これっぽっちも私の身なんて案じていないくせに、よく言う。ネレアラ・マルシャートはそういう人間だった。
幼い頃から婚約関係であった私たちだが、幾人もの女性と浮き名を流していたネレアラ。私がその不誠実さを咎めるたび、彼は決まって同じ台詞を返した。
『ただの友達だしぃ。嫉妬とかやめてくれるー?』
のらりくらりと話をはぐらかしてくる。耐えかねた私が婚約の破棄を訴えても、周囲の目だの手続きの煩わしさだのを理由に頷くことだけは決してしなかった。
外面だけはいいので、私の父には『ユウナのことを愛しているのに伝わらなくて』なんて言う始末だ。
(セルヴィと大違いです)
口を開けばくどくどと小言が終わらず、でも真っ直ぐに私と向き合ってくれる。どうして今、彼を思い浮かべるんだろう。
二度とネレアラに会いたくなんてなかったが、相まみえてしまったからには仕方がない。なんとかこの場を切り抜けなければ。
「用がないなら立ち去ってくれませんか。衛兵を呼びますよ」
「別にいいけど。困るのはユウナの方じゃない?」
私は脅しをかけてみるが、ネレアラは怯む様子など全く見せない。むしろ笑いながら距離を縮め、耳元へ顔を寄せてくる。
「ここにいるのがおかしいのってお前じゃん。追放された罪人が、なんで王都の真ん中でのんびりお買い物してんのーって」
浅薄な人間のように見せて、じわじわと逃げ道を断ってから追い詰めてくる。私は奥歯を噛み締めることしかできない。こういうところが心底嫌いだった。
「ね、久々だしさ。カフェにでも行こうよ」
ネレアラは私を立ち上がらせ、無遠慮に肩を抱いてくる。上機嫌な声は拒絶を許してくれない。私の意思なんて、はじめから彼の頭の中には存在しないのだ。
「どこ行くん?」
小さな手が私の手をぎゅっと握りしめて離さない。ネレアラは屈むことなく、頭の上からレイに話しかける。
「レイくん、おすすめのケーキ食べさせてあげよっか」
「けぇき?」
「知らない? すっごく甘くてふわふわで美味しいよ」
レイはケーキを見たことも聞いたこともなかったのだろう。丸い瞳がパッとまたたく。その純粋な光とは対照的にネレアラの目は黒い泥のように沈殿していた。
「ほんまに? ぷりんより美味しい?」
「そりゃもう、期待してくれていーよ! ほら、ユウナ」
「……はい」
ここで抗ってもネレアラが大声で騒ぎ立てれば、私はその場で罪人として衛兵の手に引き渡されるだろう。レイを巻き込むわけにはいかない。私は黙って彼の後に従うしかなかった。
案内された華やかなカフェ。ガラス張りの壁から太陽の光が降り注ぎ、ほのかに甘い匂いが漂っていた。
「オススメはウルトラショートケーキだよ! 今なら俺が奢っちゃう!」
「ええなぁ! 僕もそれにする!」
「ユウナはー?」
昔から甘いものが苦手だ。味覚が鈍くなってからは、なおのこと食べない。彼はすべて承知の上で、わざわざこの店を選んだ。そして私をここに座らせているのだ。相も変わらず底意地の悪い仕打ちに虫唾が走る。
「……いりません」
「お姉ちゃん、塩辛いのがええもんね! なんかあるかなぁ」
「あるわけないじゃん。甘いものしかない店、選んだんだから」
「え、そうなん? どないしよ、お姉ちゃんなんも食べられへんやん」
レイはしょんぼりとうつむいてしまう。無理やり笑顔をつくって「大丈夫ですよ」と元気づけた。私たちの声がまるで聞こえないかのように、ネレアラは店員へ注文を告げる。
そしてケーキが席に届くのを待つ間、頬杖をついて私たちを眺めていた。
「レイくんはさ、なんでユウナなんかと一緒にいるの?」
痛い。耳の奥で心臓が早鐘を打つ。ネレアラの質問に不穏な予感がした。
「僕な、あねもねの泉に行くねん。お姉ちゃん、優しいから一緒に行ってくれるんよ」
「優しい!? 本気で言ってる?」
面白い冗談でも聞いたかのように、声を立てて笑っている。程なくして、果物と生クリームが山のように盛られたケーキが運ばれてきた。
ネレアラは瞳の奥に底知れない悪意をたたえて、ケーキを一口食べる。
「ユウナは自分の弟を殺した人殺しだよ」
「ひと……ごろし?」
「わかんない? すっごく悪いやつなの、ユウナは」
レイはあまりにも突拍子もない言葉についていくことができていない。目の前に置かれたケーキを食べることができず、スプーンを持ったまま止まっていた。
「やめてください……っ」
「黙ってろよ。ちゃーんと本当のこと教えてあげないとさ? 可哀想じゃん」
ネレアラは私の静止を振り切った。わざわざ机から身を突き出してレイに真実を教える。
「ユウナはね、弟がいたんだよ。君と同じくらいの。で、魔法で殺しちゃったの!」
子どもにも理解できるように残酷なほど丁寧に語られていく私の過去。遮る言葉が見つからない。
「だからぁ、お国の人たちに怒られちゃってぇ。反省するために最果ての地に行くことになったわけ」
「そうなん?」
返事ができなかった。店の喧騒が遠くなり、耳鳴りだけが大きい。違うと言ってしまいたかった。ミルダには自分で打ち明けられたのに、レイにはできない。どうしても軽蔑されたくなかった。
でも、最愛の弟の命を奪ったという事実から私は死ぬまで逃げることができない。
「…………はい」
惨めだった。ただ、現実に向き合っているだけだというのに。
──レイにだけは知られたくなかった。
残酷な真実を白日の下に晒した男は満足げに笑っている。絶望に打ちひしがれる私をケーキに見立てて食べているようだった。
「嘘ばっかついてさ、家族ごっこは楽しかったぁ?」
見て見ぬふりをしてきた自分の浅ましさを無理やり直視させられて吐きそうだ。言われなくてもわかっていると開き直りたかった。レイも、セルヴィも、ミルダも、シャウロも。みんな優しいから甘えていた──自分の罪だって受け入れたつもり、だった。
お姉ちゃん、とレイがか細く私を呼ぶ。紫の瞳に映り込む自分に耐えきれず、目を瞑った。
ごめんなさい、レイ。あなたがまだ幼いと言い訳をして、私の過去を言わなかった。魔石になったあなたの父親の真実もまだ言えていない。ネレアラの言う通り、嘘ばかりだ。本当は私、一人でいなきゃいけなかったのに。
でも嫌だ、無理なんだ。あの幸せな時間を手放したくない。果ての国でみんなといたい。
(セルヴィ……)
助けて。
そう言えたらよかった。レイの手のことだって相談したら、きっと彼は聞いてくれた。私はまた間違ってしまった。
瞼の裏が熱くなるばかりで、もう身動きが取れない。
「お姉ちゃん、泣かんといて?」
温かい手が私の両頬に触れるのを感じる。おそるおそる目をあけた。レイが長椅子から立ち、私の鼻先まで顔を近づけていた。全身でぎゅっと抱きしめられる。
「僕はお姉ちゃんのこと大好きやで」
「……レイ?」
レイはネレアラをまっすぐに見据えた。ゆっくりと深呼吸して、はっきりと強く言い放った。
「ネレアラさん。僕、けぇき……いらんわ」




