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第34話 本音のみたらし団子 ③

 ケーキがのった皿の脇に、レイはかちゃりと音を立ててスプーンを置いた。あれほど楽しみにしていたケーキを食べないという意思表示。幼い子どもの精一杯の抵抗だった。


「お姉ちゃんも食べれる甘いの、僕が作ったげる。行こ」


 レイは勢いよく椅子から飛び降りる。これ以上ここに居させまいと、私も椅子から立つように腕を引っ張られる。ぐいぐいと腕を引き、店の出口に向かおうとしていた。途中でネレアラがついてきていないか何度も確認しながら。

 店の外に出ると、すぐに会計を済ませて出てきたらしいネレアラが悠々と私たちを追いかけてきた。


「あれー? もしかしてケーキ嫌いだった?」

「けぇきは美味しそうやなって思ったけど、ネレアラさんは嫌いや」


 ネレアラは悪びれる様子もなく笑っていた。目の前で小さな子どもが向けた敵意なんて、まともに相手にしていない。人に対してどこまでも不真面目で、馬鹿にした態度をとる人間。


「お姉ちゃんに嫌なことばっかり言うやん」

「レイ、私は大丈夫ですから」

「そうそう、嫌なことじゃなくて本当のことだしぃ」


 ──本当のこと。

 ナイフで切りつけられるみたいだ。ただの言葉なのに。

 彼はこちらの反応を見ながら面白がって、的確に傷つけてくる。顔を歪めれば余計喜ぶだけだ。分かっているのに視界が水の中に沈んでいく。


「お前は俺を拒絶できないもんねぇ? ユウナ……」


 衛兵にレイも投獄されてしまうことを恐れる私は何も言えないし、何もできない。そのことをネレアラは誰よりも分かっている。私が唯一誇れる自慢の魔力も彼の前では形無しだ。

 昔から私はただ押し黙って、この時間が早く終わってほしいと願うだけ。何を言っても変わらないなら、黙るしかない。

 私に刻々と近づいてくるネレアラ。ゆっくりと手を伸ばしてくる。


「こっち来んといて」


 とげとげしい拒絶。突き放すようなレイの声に呼応して、ネレアラは奇妙に硬直した。自身の体に起きた異変に怪訝な表情を浮かべながらも、執拗にこちらへと近づいてくる。


「……来んといてって言うてるの、聞こえへんの!?」


 レイがこんなに大きい声を出せるとは思わなかった。私やセルヴィに甘えるいつもの彼はどこにもいない。

 その気迫に押されたのだろうか。ネレアラは指先一つ動かすことができなくなっていた。


「なにこれ? 魔法?」


 ネレアラは自分の体が完全に動きを止めたことに困惑していた。明らかに魔法、それも固有魔法によるものだが誰のものなのか。

 レイ?

 いや、まさか。彼は生活魔法しか使えないはずだ。けれど、ネレアラに立ち向かおうとするレイの全身から異質な力を感じる。


「お姉ちゃん、言うて」

「何を……?」 

「僕にお願いして」


 レイが振り返って私を仰ぎ見る。じっと見つめる彼の瞳の色がおかしかった。深い紫が金に輝いていたのだ。

 どうしたのかと聞けるはずもなく、吸い込まれそうな金の虹彩から目を逸らすことができない。


「僕がお姉ちゃんのお願い、全部叶えたる」

「私、私は……」


 ──もうこんなところにいたくない。あなたとずっと一緒にいたい。


 心に秘めた言葉が声になることはなかった。ここでレイに願ってしまえば、取り返しのつかないことが起きるような気がして。

 沈黙に逃げた私の前に大きな背中が割り込んできた。


「レイ、あんた男前ね。惚れたわ」

「シャウロさんやぁ!」


 私たちを探して見つけてくれたシャウロがレイを軽々と抱き上げて自分の肩に乗せた。人形と一緒に彼の肩に座るレイの瞳をおそるおそる下から覗き込む。

 いつもの紫色が戻ってきていた。良かった、気のせいだったのか。


「この子、あたしのお得意様なの。無碍にしないでちょうだい」


 シャウロは未だに身動きの取れないネレアラに向けて、妖艶な笑みを浮かべる。私を守るように、そのがっしりとした体躯でネレアラから私を覆い隠してくれていた。


「俺の婚約者をどうしようと勝手じゃなーい?」

「じゃあマルシャート家とのお付き合いはここまでかしらね。残念だわ」


 二人はどうやら知り合いのようだ。ネレアラはあからさまにうっとおしげな顔で歯噛みしていた。

 マルシャート家は王都の魔導具市場を独占している一族だ。ネレアラ、というよりマルシャート家にあれほど牽制をかけられるなんて、シャウロの商売って一体……?


「それに、この子はもうあんたより大事な人を見つけたの。諦めなさいな」


 ミルクティーの髪が風に流されて、ネレアラの目が大きく開かれているのが見えた。おそらく私と同じことを考えて思考が停止している。


 ──誰のこと?


 私は口を開けたまま、シャウロを見上げる。にっこり笑ったかと思えば、ため息をついて私の額を軽くデコピンした。とてつもない衝撃に首がもげそうになる。


「あだっ! 何するんです!?」

「鈍いのも大概にしてちょうだい」


 額を押さえながら涙目で抗議の声を上げた。そんな私たちをネレアラは凄まじい形相で睨みつけてくる。

 あんな顔、はじめて見た。自分の思い通りにならない激しい怒りだろうか。


「ユウナ、俺たちまだ婚約してるから」

「まさか。私はもう平民ですよ? もうフォリオ家の人間では」

「関係ない。とにかく俺とお前は──」


 ネレアラが必死に言葉を重ねようとするのを無視して、シャウロは私を突き飛ばした。後ろに倒れようとする私にレイが飛び込んでくる。その先には空間魔法の亀裂が広がっていた。

 私の元婚約者が叫んでいたが、その声はシャウロの放った辛辣な言葉に掻き消されていく。


「自分の好きな女が幸せになろうとしてんだから応援しなさいよ、ちっちゃい男ね」

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