第32話 本音のみたらし団子 ①
白の森の入り口で、私はまた叩き起こされていた。ミルダが私の寝袋の周りに爆音の花火を設置していたのだ。
ひぃひぃ笑いながら「おはよう、眠り姫」なんて言われた日には雷右ストレートをお見舞いしたくなる。いい加減、誰か優しく起こしてくれる人間がいてもいいのでは?
朝から耳が爆発しそうになりながら、私も旅の準備を始めた。といっても、正直もう荷物は何もないのだけれど。
レイは支度をとっくに終えており、魔導スクーターの椅子にちんまりと座っている。
シャウロが魔導具を起動させてやると、身を乗り出して持ち手を掴み、ふぁぁと声を上げていた。
元気そうな姿を見てほっと安心する。
「一度引き返さないか」
セルヴィが私に旅のこれからを提案する。間違いなく彼の意見は正しかった。
「物資がもう底を突いている。このまま森へ踏み入るのは危険だ」
「…………」
物資もなく無策のまま森へ踏み入ることを強行するほど、私も馬鹿ではない。いつもなら二つ返事ではいと言えるのに、どうしても彼の提案を受け入れられない自分がいた。
「ユウナ?」
「……あ、は、はい。なんです?」
昨夜、マッサージしたレイの手が頭からこびりついて離れない。上手く二本の棒を握りきれず、ぎこちなくスプーンを使っていた手。
ここで引き返せば、もう取り返しがつかなくなるんじゃないか。もし私たちに残された時間が少ないのだとしたら。
ぐるぐると答えも出ないのに考え続けてしまう。
「どうしたんだ。何か思うことがあるなら言ってほしい」
「……別に、何も……ありません」
言えない。レイが輝石病かもしれない、なんて。そんな恐ろしい可能性を口にしたくもなかったし、認めたくもなかった。
セルヴィが気遣ってくれているのもわかる。心配をかけたくないけれど、喉が固まって何も言えない。ただ沈黙だけが落ちる。
「そこまでよ、あんたたち!」
シャウロがレイを肩車した状態でずんずんと私たちの間へ割って入り、前髪をかきあげた。
「ユウナ、ちょっとあたしに付き合いなさい」
「付き合う?」
「今からお買い物行くんやって!」
シャウロの頭を掴んでいるレイが落ちないかとハラハラする。買い物ができる場所なんて森の周辺にあっただろうか。ただ乾いた草原が広がっているだけだったはず。
同じことをセルヴィも考えていたようだった。
「買い物だと? 一体どこに……」
「領主様はミルダと留守番よ。大人しくしてなさい」
シャウロが手を叩くと、空間が歪んで裂ける。彼は大きな分厚い手を胸に当て、もう片方で私の手をとった。エスコートをしてくれるようだ。
生まれた亀裂の中へ私たちは一緒に引き込まれていく。
「待たないか、シャウロ!」
「行ってらっしゃーい、お土産頼んだよー」
──ユウナ! レイ!
空間が閉じるまでセルヴィの叫びが聞こえた。体ごと引っ張られるような感覚に呑まれたと思ったら、もう違う場所に出ている。
見渡す限り、人で埋め尽くされていた。雑多な足音と物売りたちの客引きの声が、遠慮なく私たちの耳に届いてくる。
「わあ、めっちゃ人ばっかりや! すごいなぁ、お姉ちゃん」
「こ、こここは!?」
シャウロの肩から見える人の数の多さにレイは感動している。そして私はこの景色に見覚えがあった。むしろ懐かしさと動悸を感じる。
間違いない、ここは私の故郷である王都の市場だ。
「ちょっと、捕まったらどうしてくれるんです!?」
「大丈夫よ! こんなに人がいるんだから誰も気づきゃしないわ。さ、まずはあんたの服からね」
シャウロはどこ吹く風といった様子で私の抗議をさらりといなした。それどころか私の腕を引いて、人混みの奥へと急ぎ足で進み始める。
私が追放された身であることなど気にも留めない様子でシャウロは呑気に買い物を始めた。
「別に今のでいいですってばぁ」
「せっかくの買い物なんだからもうちょっとテンションあげなさいよ、あんた」
シャウロは布を扱う店に私を引き込み、上質で丈夫な服を次々と選び出していく。人のことを着せ替え人形だと思っているんだろうか、この人。
旅の道中で汚れきっていた私の身なりが、よほど気に入らなかったと見える。
さらに別の店ではレイのために小さくて頑丈な調理道具と真っ白なエプロンまでひと揃え買い求めた。
「割烹着やぁ!」
「かわいいエプロンですね、レイ」
カッポウギという日向かしの国のエプロンらしい。もこもことしていて可愛らしかった。
「お姉ちゃん、美味しいごはんいっぱい作ったげるからね!」
新しい調理道具を胸に抱きしめてスキップを踏むレイ。私たちはただ買い物を楽しんでいた。
わざわざ危険を冒してまで王都へ足を運んだ理由だけはわからなかったけれど。
「疲れました……」
「足が棒になってまう〜」
「これくらいで情けないわね、二人とも」
二人並んで広場の隅にあるベンチに腰を下ろした。ふうと深く息を吐き出す。
何もない果ての国の草原を歩くのとは勝手が違う。王都の人の波に酔ってしまった。レイも疲れたのか足をぶらぶらと交互に揺らしている。
「しょうがないわね。歩き疲れたご褒美、買ってきてあげる」
これ以上何を買うというのだろう。シャウロは私たちを残し、人波の向こうへと消えていった。
「お姉ちゃん。あれってなんなん?」
レイの指の先には等間隔で連なる街灯の列。果ての国では魔導具が少ないから見るもの全てが新鮮なんだろう。日向かしの国はどうなのかは知らないが。
「あれは街灯ですね。夜になると光ります」
「大変やなぁ、魔法で一個ずつ光らせていくん?」
「いいえ、勝手に夜になると光るんですよ」
王都のいたるところで動き続ける、便利で洗練された魔導具の数々。その光から目を逸らしてしまった。
動力源となる魔石は果ての国で苦しみながら死んだ人々の成れの果てなのだから。
「魔導具ってすごいんやねぇ」
「そうですね……」
魔導具がすべてなくなれば解決、なんて単純な話でもない。魔導具のない世界で人々がどうなるか目に見えてわかる。暮らしは一日として成り立たない。
ああ、でも。だからといって輝石病で誰かが犠牲になるのが当然なんてそんなこと──。
「あれ、ユウナじゃん」
重い思考の底に沈み込みそうになっていた私に、今、いや金輪際聞きたくない声が聞こえる。
まさか、ここに彼がいるわけない。
「久しぶりー! 元気してたぁ?」
「……人違いです」
私はシャウロに買ってもらったばかりの買い物袋で顔を隠した。レイの調理道具が入っているので重い。腕が小刻みに震える。苦し紛れに自分の出せる一番低い声で、別人のように装った。
「いやいや、流石にそれは無理あるっしょ」
いまここにいないシャウロを恨む。なにが「こんなに人がいるから誰も気づきゃしない」だ。思いっきりバレているじゃないか。
手がすっと伸びてきて、買い物袋が強引に引っ張られる。顎を力任せに上に向けられて不快感しかない。追放されて以来、二度と会う予定のなかった男がへらへらと笑っていた。
ネレアラ・マルシャート伯爵。私の元婚約者である。




