第29話 正しさのすき焼き ⑨
「い゛た゛い゛っ」
「君の妄想にはほとほと呆れるよ」
頭頂部にじんじんとした痛みが残る。自分が変なことを言ったくせに、私が勘違いしたからって暴力に訴えるのはおかしい。
覚えてろ……私は根にもつと長い人間なんだからな。ぎっと睨んでも、セルヴィはこちらを一瞥もせずに背中を向ける。
「いいから最大出力で打て!」
「はいはい、わかりましたよ!」
いじけて唇をすぼめながらも、私は彼の合図とともに右手にためた特大の雷撃を躊躇なく撃った。決して頭にチョップをくらった仕返しではない。信じ切った──セルヴィの背中を。すさまじい雷が衝撃とともに彼の魔力で作り上げられた盾を直撃する。バリバリと雷と盾が砕ける音が空間を支配した。
セルヴィの身体は肉片になることはなかった。彼は盾を足場にして、雷の爆発的な威力をそのまま上空への推進力へと変換したのだ。
「攻撃が最大の防御なら、逆もまた然りだ!」
上空から自らを鼓舞する叫びがあがる。目にも止まらない速度で彼の身体が崩れていく盾を蹴り上げ、セルヴィは竜の遥か頭上へと到達していた。
だが、人は空を飛ぶことはできない。上空に舞い上がれば、凄まじい勢いで落ちていく。落下で勢いをつけ、セルヴィは空中で盾を多重展開した。幾重にも重なった盾の光が巨大な質量の塊と化す。
空が落ちてくる。
竜は全身が震えるほどの轟音とともに、強烈な勢いで地面に叩きつけられた。空から降る盾の圧力と揺らぐことのない大地に挟まれ、竜の巨体が押し潰されていく。この世のものとは思えない竜の咆哮に私は身動きがとれない。とうとう限界を迎えた竜の体は風船の如く弾けた。
同時にあの不思議な桃色の花びらが舞い上がる。花びらが降り注ぐ中心にセルヴィが静かに降り立った。
「綺麗……」
光と花びらで埋まる視界。目の前の光景に思わず声を出してしまった。
「人形は無事だぞ」
彼の息は荒い。右手に握られた小さな木の人形を私に見せてくれた。落下しているときに空中で引っ掴んだのだろう。セルヴィも私と負けず劣らずの執念をもっていることに少しだけ感心した。少しだけ。
舞い散る花びらを踏んで彼の元へと歩いていく。花弁が彼の空色の髪にひっついていた。
「──もう迷いませんか?」
いま聞くときではないかもしれない。だが、尋ねずにはいられなかった。セルヴィは人形を抱えたまま、こちらを向く。
「迷うだろうな」
言葉とは裏腹に実父の幻影に囚われていた彼はもういない。
「だが立ち止まることはない。君とレイが信じてくれるから」
周囲を重く満たしていた薄暗い霧が今度こそさっと晴れていく。空から柔らかな光が差し込んで、天使のきざはしが見えた。
「ありがとう、ユウナ」
「え、あ……ど、どういたしまして……?」
なんでだろう、セルヴィの顔が見えない。顔が異様に熱くなってきた。視線をどこにやっていいのかわからず縦横無尽に泳がせる。
「ユウナ? どこか怪我でもしたのか?」
「む、無傷です! 至って元気です!」
彼を見ないように手で顔を隠した。原因不明の動悸が激しくなるから、あまり近づかないでほしい。
──カタ……カタカタカタ。
急にセルヴィの手にある木の人形が小刻みに震え出す。
「ふん! かっこつけてんじゃないわよ!」
「「わあああ!?」」
やはり人形がひとりでに喋りだすと怖い。たとえシャウロの声だとしても。セルヴィにいたっては危うく地面へ投げ捨ててしまいそうになっている。
「お姉ちゃん、お兄ちゃん!」
どこからかレイの声が聞こえてきた。私たちの前で、布地を強引に引きちぎるように空間がバリバリと裂けて見慣れた三人が現れる。
ミルダとレイ、そして全身に包帯を巻いたシャウロだった。シャウロの空間魔法でここまで直接移動してきたのだろう。あの怪我で無茶なことをするものだ。
「すごいねぇ、あの竜を倒すなんて! さすが領主様!」
ミルダが周囲に散らばる花びらを見回しながら褒めちぎっていた。崖の上から見ていたのだろう。シャウロの足元にいたレイがセルヴィの元へ駆け寄る。
「お兄ちゃん、大丈夫……?」
「ああ、もちろんだ」
心配そうに眉を下げて見上げているレイ。セルヴィはその場にかがんで、安心させるために彼の頭に手を置く。安心させるために人形も見せて。
「もう泣かなくていい」
レイが喜ぶよりも早く、背後から音もなく近づいたシャウロがセルヴィから人形を容赦なくひったくった。
「君、少しは感謝してくれてもいいと思うんだが?」
「はん、この森じゃ調子に乗ったやつから死んでいくの。一旦出るわよ」
人形を肩に乗せ、シャウロはパンッと手を打ち鳴らす。音とともに私とセルヴィの足元の地面が文字通り消滅した。
「「……え?」」
三人は扉をくぐるように別の空間の中へ入っていく。いや、私たちも一緒に連れていってくれたらいいのでは!?
底なしの落とし穴に誰が喜んで落ちるというのか。底があって、自ら覚悟を決めて飛び降りるのとは訳が違う。なんとも言えない色彩の空間が足元に広がっている。絶対に落ちるはごめんだ。
「シャウロ! 私もレイと……!」
手を思いっきり伸ばすが届かなかった。
「はあ!? セルヴィ、離してください!」
後ろからセルヴィに羽交い締めにされている。既に彼は膝上まで異空間に飲み込まれている。もがけどもあがけども一切離れる気配がない。このままだと道連れにされてしまう!
「私たちは一緒なんだろう、ユウナ……自分だけ助かると思うな!」
「いやあああ! 一人で落ちてくださいよおおおお!」
抵抗もむなしく真っ逆さまに落ちていく私たち。空間に飲まれ、絶叫が白い森に反響することはなかった。




