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第27話 正しさのすき焼き ⑦

「お姉ちゃん、シャウロさんのお人形とりにいかれへんかなぁ」

「ちょっと厳しいかもしれません……」


 私たちの会話を聞いて、セルヴィは何も言わずに崖へ近づいていった。崖は深く白い闇をくゆらせている。


 彼について行って崖下の様子を見ることにした。のぞき込んでも霧と影が重なり合って底が見えない。


「下へ続く道はありませんね」

「先へ進むには落ちていくしかないだろうな」


 なだらかな斜面などどこにもなく、ただ垂直に切り立った壁があるだけだった。セルヴィはしばらく底の知れない白をじっと見つめていた。


「君の父君は素晴らしい方だ」

「えぇ?」


 彼の横顔を仰ぎ見ていると、なんの脈絡もなく自分の父親が褒められた。反応をどう返せばいいのか困る。


 正直、父とはそんなに言葉を交わしたことがない。仲が悪いと言うわけではないけれど、お互い必要最低限の会話だけだった。弟の病がわかってからは、なおさら。


「そう、ですね……?」

「ああ。果ての国へ行くことになった君をずっと心配していらっしゃる」

「まさか」


 嫡男である弟を殺してしまった自分の娘。追放した父の判断は貴族として間違いなく正しかった。


 セルヴィが嘘をつくとも思えないけれど、心配などあり得ないだろう。あの場で処刑されなかっただけでも温情だ。


「書簡をやりとりしているんだ、間違いない」

「いつの間に……!?」


 出会った時から彼がやたらと私の世話を焼いていたのも、父から頼まれたからだったのだろうか。なんだか複雑だ。


「私も父を尊敬していた」


 視線は崖の下に向けられたまま微動だにしない。拳を握りしめたことで手袋の革がみしりと鳴る。


「領民のために尽くす立派な辺境伯だと信じていた。父が裏でしていたことを知った後ですら、何もできなかった。ただ言われた通りに魔石を回収するだけで……何が正しいのか分からなくなっていた」


 ずっと一人で抱え込んでいたセルヴィが、ようやく胸の奥に溜めていたものを吐き出しているように見えた。


 言葉の一つ一つに、逃れられない罪悪感が広がっている。


「シャウロが私を憎むのは当然だし、否定もできない。間違いなくランテルノ家がこの国を滅びの道へ引きずり込んだ」

「そんなこと……」


 それ以上は何も言えなかった。


 逃れようのない真実が目の前に迫ってきたとき、どんな言い訳を並べ立てても無意味だ。


 そんなことをしたって現実はなにも変わってくれない。私が一番よくわかっていることだった。


「君は私と同じだと言ったが、本当は違う」


 谷底から吹く冷たい風が私たちの間をすり抜けていった。空色の髪が草木の揺れる音と一緒になびいている。


「君は間違っていても前へ進む強さを持っている。けれど私にはそれがない。何が正しいのか迷ってばかりで……自信がないんだ」


 セルヴィは私に向かって両腕を大きく広げた。固くいかめしい表情が彼の覚悟を表れなのかもしれない。


「だから信じさせてくれないか。私の選んだ決断が──正しいということを」


 言葉に意味がないと言うのなら、することは一つだけだ。気づけば、私はしたり顔で笑ってみせていた。


 彼も酔狂な人だ、私を信じようとするなんて。


「レイ、ミルダと待っていてください。すぐに戻ります」

「お姉ちゃん、でも……!」

「信じて、レイ!」


 レイはまだ目に涙を溜めていたが、私の声を聞くとじっと顔を見つめ返してきた。しばらく不安そうだったが力強くうなずく。


 レイだって私たちを信じてくれている。


「竜殺しの辺境伯なんて、古代の花の国にいた英雄みたいですね」


 両腕を広げたままのセルヴィを少しからかってみた。彼は軽く肩をすくめる。


 それでも広げた腕を閉じようとはしない。


「柄じゃないな」


 地を蹴って、彼の胸に思いきり飛び込んだ。今までたくさんのものを守ってきた両腕が私の体をしっかりと抱き止める。


 浮遊感が全身を包んだ。感覚に気づくや否や私たちの体は崖の下へ落ちていく。


 ミルダが「ユウナーーーっ!?」と叫んでいた。その声はすぐに風の音にかき消されて遠ざかる。


 激しい風が顔を叩き、地面が猛烈な勢いで迫ってくるけれど──ああ、全然怖くない。腕から安心する温もりが伝わってくるからだろう。


 着地の直前、彼の背中から眩い光が放たれた。半透明の盾が幾重にも展開され、地面との衝撃を柔らかく受け止める。


 大きな揺れを感じることもなく、私たちは静かに崖底へと辿り着いた。


「……あなたと一緒だと度胸試しが全然楽しくなさそうです」


 私はセルヴィの胸から顔を上げ、ため息をつきながら言った。彼は一瞬きょとんとした後、声を上げて笑う。


「本当の度胸試しはこれからじゃないか、ユウナ」


 すぐに笑みを収めて、私の背後へと視線をうつした。


 人間でもなく、魔物でもなく、まさか伝説の生き物と戦うなんて。


 戦うことが好きというわけではないけれど、恐怖より高揚感が勝っていた。


「今から私たち英雄になるんですよ、セルヴィ」


 私が振り返ると——こちらを睨みつける巨大な影がゆっくりと這い出てくるところだった。

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