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第26話 正しさのすき焼き ⑥

「お人形がぁ……僕のせいでっ、シャウロさんのお人形がぁ……!」

「落ち着くんだ、レイ。君のせいじゃないから」


 泣き声が白の森にわんわんと反響している。周囲の霧が晴れすぎていることに胸騒ぎを覚えるものの、今はそれどころではなかった。


 レイの日向かしの服の袖は涙と鼻水でぐっしょりと重くなっている。セルヴィが彼を抱き寄せ、必死になだめていた。


 本当に困り果てている彼の姿に同情を禁じ得ない。眉が下がり続けている。私がミルダにさらわれてしまった時もこんな感じだったんだろうか。


「まずは止血から、ですよね」


 自分もレイをなぐさめてあげたい気持ちに駆られるが、怪我人を放っておくことはできない。


 地面に横たわるシャウロの横にしゃがみ込んだ。服はあちこち破れ、赤い染みがじわじわと広がっている。


 看病は慣れているが、人を手当てするのはほぼ初めてだった。緊張しながらも手元にあった布を丸めて傷口に力いっぱい押し当てる。


「──っ! ────っ!?」

「す、すみません! 痛みますか?」


 シャウロの口元が歪んだ。不満を叫ぼうと大きく口を開けたものの、喉から漏れたのは、ひゅ、ひゅと息が通り抜けるだけ。


 言葉は音にならず、目の下がぴくぴくと震えている。少し力が強すぎたのかもしれない。だが、血は止まってきていた。間違えてはいない……はず。


「えーっと、次は包帯……どう巻くんです?」


 シャウロは痛みで話すことができないというのに、私は彼に質問していた。


 とりあえず包帯を縛り上げてみよう、きつくほどけないように。すると彼の顔はみるみる青ざめていった。


 どれだけ見ないふりをしても、これでは応急処置といえない。大雑把で不器用な私がまともにできるはずがないじゃないかと開き直りたかった。


 もたつくたびシャウロの呼吸は荒くなる。額には脂汗が浮かんでいた。非常に癪だが、セルヴィと交代した方がいいかもしれない。


「ユウナ、シャウロの息の根止めちまうつもりかい?」


 私の介抱に呆れきった声が木の上からから降ってきた。振り返ると赤い髪の少女が枝の上に立っている。


「ミルダ!」

「大丈夫? 手当て、代わるよ」


 ここにいるはずのないミルダだった。軽やかに木から降りてきた彼女が救いの女神のように見える。


 彼女は慣れた手つきでシャウロの包帯を巻き直し、あっという間に整った結び目ができあがっていった。


「どうしてここに?」

「どうしてって……アンタたちが荷車でセルヴィの後を追ったろ? そしたらシャウロもウチを置いてアンタたちの後について行っちまったんだ」


 器用に手当てをした脇腹をミルダは笑いながらぱしぱしと軽く叩く。シャウロは痛みに体をびくりと震わせ、私たちを恨めしそうに睨みつけた。


「魔導スクーターに乗せてくれりゃいいのにさぁ、追いかけるの大変だったんだからね」

「彼が、なぜ……?」

「野暮なこと聞くもんじゃないよ」


 心配だったからに決まってんじゃないか、とからかうように手の平を上下に揺らす。


 余計なことを言うなとでも言いたげにシャウロは口をへの字に結ぶが、反論の言葉はやはり空気の塊になるだけだった。


「それにしてもひっどい傷だねぇ、竜にやられたんだろ」


 出血の激しい箇所にミルダの手が覆い被さる。そこから少しだけあたたかい魔力を感じた。まさか、回復魔法だろうか。そんなもの聖女にしか使えないはず。


 いや、それよりも……竜?


「竜なんて架空の存在でしょう?」

「それがいるのさ」


 怪我人の乱れた衣服を整えながら、ミルダは冗談めいた声で教えてくれる。だが、表情はいたって真剣だった。


「森の奥へ踏み込もうとするものを排除する、恐ろしい化け物だよ」

「巨大な渦を巻いた魔力を感じるな……崖の下が根城だろう」


 レイをなだめる手を止め、セルヴィが森の奥に視線を向ける。崖の下から唸り声のような風の音が聞こえてきていた。


「シャウロ、魔力あっても戦えやしないくせにさぁ。うっかり踏み込んじまったレイを助けようとして、このざま──でしょ?」


 謎を解いた探偵のようにぱちんと綺麗なウインクを決めた。シャウロは唇をきつく噛んで、悔しそうに崖の方を見る。図星なのだろう。


「下、覗いてたら、後ろから大っきい影と風がぶわーって……シャウロさん助けようとしてくれて、そしたら人形、落ちてもうて……っ」

「……そうだったのか」


 レイはまた泣いてしまわないように涙をこらえながら、セルヴィにしがみついた。小さな背中がぷるぷると震えている。


 治療を終えたミルダが、見かねてレイの頭をぐしゃりと撫でた。


「泣くんじゃないよ、お子ちゃま〜」

「泣いてへんもんっ!」


 その手を振り払おうとするけれど、ミルダは豪快にレイの頭を左右へ振る。猫が頭を掴まれて撫で回されているように見えた。


「事情は詳しく言えないけどさ。あれがないとしゃべれないんだよ、シャウロ」


 先ほどから彼が息しか漏らせない理由。そしてこれほどの深手を負うことになった経緯。


 私たち──特にセルヴィには並々ならぬ遺恨があるようだった彼が、レイを必死に助けようとしてくれたのだ。


「ありがとう……感謝します、シャウロ」


 シャウロはきまり悪そうにぷいと顔を反対側へ向ける。耳の付け根がかすかに赤く染まっていた。

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