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第25話 正しさのすき焼き ⑤

 私は足に魔力を込めて大地を強く蹴った。雷が落ちる速度で、私と幻の距離が消える。


「はじめまして、お父様」


 いつものように魔力を拡散する攻撃にはしなかった。こうでもしないと腹の虫がおさまらない。


 握り拳にありったけの雷を纏わせ、真っ直ぐに打ち下ろす。


「そして、さよなら。あなたとは仲良くできそうにありません」


 雷の衝撃波が走り、周囲の霧が大きく波打った。顎から砕け散った幻影の顔が虚空に消えていく。幻でよかった。現実だったらこんな実力行使など天地がひっくり返ってもできないのだから。


 私が同じようにリムと対峙した時とは違い、幻が消えても霧は晴れなかった。


 セルヴィの動揺と同じくして父親の幻影が苦しみ出したことから考えると、この霧は彼の心そのものだ。


「セルヴィ! しっかりしてください!」


 必死に彼の体を起こした。両肩を強く揺さぶっても、焦点の合わない目でぶつぶつと呟き続けている。


「私のせいで、父上……許してください……どうか」

「セルヴィっ!」


 セルヴィは父親が憎いのではなく、憎んでしまった自分がどうしても許せないんだろう。


 こんなに近くにいるのに声が届かないのが悔しかった。このままではまた霧から幻が生まれてしまう。


「セルヴィ、気をしっかりもってください!」

「…………」


 殻に閉じこもったままのセルヴィにだんだんと苛立ちが募る。


 かつて彼も同じ思いで私を見ていたのかもしれないと思うが──それはそれ、これはこれ!


「話を……っ」


 私は右手を高く振り上げた。手のひらにさっきより弱い微かな電気を纏わせる。


「聞けえっ!!」


 そして彼の頬を全力で引っ叩いた。バチィンと激しい音が高らかに響く。頭が衝撃で横を向き、微弱な雷が脳天へと走っていった。


 セルヴィは瞬きを数回繰り返して、叩かれた頬へと手を当てる。


「……ユウナ……」

「約束忘れてしまったんです?」


 ようやく瞳がまっすぐに私へと向けられた。私は肩を掴んだまま目を離さない。


 彼はまだ霧の中にいるように浅い呼吸を繰り返していた。


「偽りじゃない、希望を見つけ出すんだって。あるかどうかもわからないけど、たとえ間違っていたとしても……私たち一緒に進むって決めたじゃないですか」


 うまく自分の思いを伝えられる自信がなくて、一言一言を区切るように言っていく。


 きっとセルヴィ自身が過去を受け入れないと霧は永遠に晴れないのだ。


 自分が助けてもらったように、私も彼の助けになりたい。かつてセルヴィが私に言ってくれた言葉をそのまま繰り返した。


「セルヴィ──私たち、同じなんでしょう?」


 その言葉を聞いて、強張った身体からふっと力が抜けていく。


 迷いで霞んでいた輪郭にいつものセルヴィが戻ってくる。


 肩を掴んでいた私の手を彼は上から強く握り返した。大きな手のひらから体温が伝わってくる。


「……すまない、ユウナ。助かった」

「こういうときはありがとうって言うものですよ」


 そうだな、とセルヴィは柔らかく笑う。その顔を見て安心すると、急にさっき言った自分の言葉を思い出してしまって恥ずかしくなってきた。


 立ち上がらせようと彼の手をぶっきらぼうに引く。


「これからは君を怒らせないように気をつけよう」

「なんです、いきなり」

「痺れる平手打ちはごめんだからな」


 セルヴィは自分の頬をさすりながら、大袈裟に痛がるそぶりを見せた。


 心外だ、人をすぐに手が出る人間みたいに。人様の家族を殴りとばしたことは幻ということで不問だろう。


「もうっ」


 軽く彼の二の腕をこづく。周囲を満たしていた白い霧が嘘のように薄れていった。


 視界が開けたことで、セルヴィはハッとしたように辺りを見回す。


「ユウナ、レイは一緒ではないのか?」

「いえ、はぐれてしまって。探しているんですが霧のせいで……」


 言いかけたそのとき、静まり返った森の奥から高い泣き声が聞こえてきた。間違いなくレイだ。


 しゃくり上げるような果てまで届かんばかりの泣き声。先に心配がくるはずなのだが、今この時ばかりは安堵が勝った。


「まさかレイの泣き声に感謝する日がくるとは」

「絶対本人に言っちゃダメですからね」


 二人で声のする方向へ駆ける。しばらく進むと目に飛び込んできた光景に絶句した。


 地面に倒れ込んでいるのは森に入る前に別れたはずのシャウロだった。衣服はあちこちが裂け、傷だらけになっている。


 そのすぐ傍らでレイがボロボロと泣いていた。


「一体何があったんです!?」


 駆け寄ると、レイはしゃくり上げながら私たちを見上げる。幸いにもレイ自身に怪我はないようだった。


「人形が……人形がぁ……!」

「人形? 人形がどうしたんです?」


 シャウロの肩に乗っていたもののことだろうか。レイの口から出た言葉に私とセルヴィは首をひねるしかない。


 ここで何が起きたのか、まるで状況が掴めなかった。ただ時間をかけてレイに聞く余裕もない。


 シャウロの呼吸は荒く、傷口から赤い血が滲み出ている。私たちは手元にある道具で応急処置を始めた。

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