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第24話 正しさのすき焼き ④

 うっそうと生い茂る草木をかき分けながら森の奥へと進んだ。


 触れる葉は湿り気を帯びて冷たく、身体中に霧がまとわりついて気持ちが悪い。聞こえてきたセルヴィの叫びが耳の奥に貼りついて離れなかった。


 胸がざわついて落ち着かない。それを押さえ込むようにして、私は足を速めた。


 行く手を塞ぐ太い枝を押しのけると、突然視界がひらける。


「セルヴィ!」


 森の空白に彼はぽつんと立っていた。まるで泣くのをこらえる子どものように背中が震えている。


 私の草を踏む音と声にセルヴィは気づいていないようだった。いつもなら、目ざとく振り返って小言の一つや二つや三つは言ってくるはずなのに微動だにしない。


 彼の周囲には鈍い光の盾が張られていた。いつもなら光り輝く強固な盾は、今や見る影もない。表面には幾筋もの深い亀裂が走り、今にも砕け散りそうだった。


「魔石……魔石サエアレバ……」


 盾の向こう側に一段と濃い白い霞が立ち込めた。人の形をしたそれは顔に無数の皺が深く刻まれている。


 体の一部はすでに結晶へと変わり果てていた。そして目を引く鮮やかな空色の髪。


 この人はもしかしなくても──セルヴィの父親だ。


「セルヴィィ、早ク、早ク魔石ヲ回収シテコイ……ソレガ我ラノ生キル道ダ」

「うるさい、うるさいうるさいっ! もうやめてくれ!」


 セルヴィは両手で耳を塞ぎ、目をぎゅっと力強く閉じていた。強い拒絶が全身からあふれている。


 だが幻影は意に介すことはない。一歩、また一歩と距離を詰めていく。


「魔石ガナイノカ? ナラバ民ヲ魔石ニスレバイイ……イクラデモイルノダカラ……」


 信じられない言葉だった。民を、魔石に?


 嫌悪が胃の底からせり上がってきた。吐きそうになるのを抑えながら過去の記憶を辿る。


 まだ私が王都で子爵家の人間だった頃、家庭教師からバーナルリーモの名を聞いたことがあった。


『お嬢様、王都より北の果てにはバーナルリーモ辺境領がございます』

『へぇ』

『昔は資源の乏しい国だったのですが、ここ数年で魔導具の一大生産国となり王都と変わらぬ活気があるのです』

『ふぅん』

『聞いていらっしゃいますか!?』


 人々の生活に欠かせない魔導具を生産し、世界中へ輸出することで莫大な富を築いた。


 一代で果ての国を繁栄に導いた男。それがセルヴィの父親だ。


「魔石は、道具じゃない……一人の、かけがえのない人間だ……っ!」

「領主デアリナガラ国ノ繁栄ヲ望マヌトイウノカ?」


 王都にも送り出されていた大量の魔導具。その原料は輝石病で死んだ果ての民だったというのか。


 この男が国を栄えさせるために輝石病を蔓延させ、人々を意図的に魔石へと変えていたのだ。


「コノ何モナイ国デ、魔石ガアレバ皆ガ幸セダ。オ前モ見テキタダロウ?」

「幸せ? 幸せだって……?」


 セルヴィは地面を睨みつけて歯を食いしばっている。平静に振る舞おうとすればするほど、湧き上がってくる積もりに積もった怒り。


 ──感情が爆発するのは時間の問題だった。


「王都に魔導具を売りつけて何が残った!? 民を、国を不幸にしただけじゃないか! もう我々は滅びを待つことしかできない!!」


 激情が霧に溶けていく。呼吸を荒くするセルヴィと対照的に幻影は表情を変えない。


 それがまた彼の逆鱗に触れる。


「だからあなたも輝石病になったんだ。魔石に、金に目がくらんだから!」


 顔を上げて声を限りに叫んでいた。


 繁栄の裏側で犠牲者となった者たちを悼んできた彼の孤独が張り裂けてたのだろう。


 言いたくなかったことを、言ってしまうくらいに。




「報いを受けたんだ! あなたは死んで当然なんだ!!」




 言い切った瞬間、セルヴィはハッと息を呑んだ。両手で口を塞ぎ、膝からゆっくりと崩れ落ちる。


 息子としても領主としても尊敬していたであろう父親。その人を罵倒してしまった後悔が、彼の横顔ににじんでいた。


「セルヴィィ……痛イィ、苦シイ……」


 沈黙していた幻影がうめき声を上げはじめた。身体の結晶がどす黒く変色していく。


 皮膚がみるみるうちに硬化していった。黒い輝石の棘が首筋から突き破る。自らの喉を掻きむしり、悶え苦しんでいた。


 幻影の父親は結晶化した手をセルヴィに伸ばす。地面を這うようにして近づいてくる幻から、彼は後ずさりすることしかできないようだった。


「死ニタクナイ、死ニタクナイ……ィ!」

「ああ……ち、父上」


 幻の指が盾に触れた瞬間、ガラス細工のように砕け散る。冷たい結晶の手がセルヴィの首にかかった。


 馬乗りで喉を締められているにもかかわらず、セルヴィは一切の抵抗を見せない。ただ口だけが小さく動いていた。


「……許して、ください、父上……許して……」


 何度も、何度も、その言葉だけを繰り返している。このままだと彼は幻に殺されてしまう。


「オ前モ、オ前モ死ヌンダ、セルヴィィ……」


 ふいに、ミルダの言葉がよぎった。


 ──ウチらが大好きな人たちは、ウチらに生きてほしいって祈るの。


 なにをしているんだろう、私は。立ち尽くしてる場合じゃない!

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